我無限愛君6

 兼続が痺れを切らしかけた頃、ようやく慶次が寝室にやってきた。浴室へ行き、残り湯で内部を洗っていて遅くなってしまったのだ、と言い謝った。
「そんなに神経質にならずとも、私は気にしない、といつも言っているではないか」
 と言いながらも、兼続は、自分のために身だしなみを整えてくれる慶次の細やかな心が、愛おしくてたまらなかった。
 兼続は慶次の肩を掴み、慶次の頬、鼻、唇に接吻を浴びせた。
 くすぐったそうに目を閉じた慶次を布団の上に押し倒し、手早く寝間着の帯を解いた。褌はつけておらず、割れた裾から慶次の勃起しかけた陰部がちらりと見えた。それはなんともなまめかしい光景で、兼続はたまらない気持ちになった。
 寝間着を脱ぎ捨て、褌も取り去った兼続は、慶次の上に身体を乗り上げた。太腿と勃起した自分の陰部で、慶次の陰茎に刺激をあたえながら、首筋や胸、乳首に点々と接吻をする。乳首の刺激に弱い慶次は、ぶるりと身体を震わせた。
 それだけで、達してしまいそうになっている。
 慶次の微かな喘ぎ声を聞きながら、兼続は尚も慶次の乳首を唇と舌で刺激した。慶次はまるで亀頭を愛撫されでもしているかのように、身体をのたうたせた。本当に驚くほど感じやすい身体であった。
 いつもならここで、慶次の陰茎を口に含み、愛撫し、一度、精を放ってやるのだが、今日の兼続は違った。布団の下に隠しておいた目隠しのための布を取り出し、それで慶次の瞼を覆った。
「兼続っ、何をするんだい?!」
 驚いた慶次は、布団から起きあがろうとしたが、兼続は慶次の上腕を掴み押さえた。
「ただ目隠しをするだけだ。慶次が苦しむことは絶対にしない」
 兼続はやさしい口調で言った。
 慶次は、性的なことについてどちらかと言えば保守的で、あまり変わった性技は好まなかった。これから、ずいきの陰茎袋を使用しようと企んでいる兼続は、だからこそ慶次に目隠ししてもらわねば困る、と思っていた。
「俺は真っ暗な中で同衾するのは、嫌いなんだ」
「ずっと目隠しさせようとは思っていない。ほんの少しの間だ」
 尚も嫌がる慶次を説得し、兼続は何とか目隠しさせた。慶次の瞼を覆ったところで、兼続はホッと息を吐き、手ぬぐいに挟んで水気を切っておいた陰茎袋を取り出した。
 慶次が留守にしている間、何度か試着していたおかげで、すぐにそれを陰茎にかぶせることができた。根本の部分にある長くなった紐を、陰茎に巻き付け、外れないよう縛った。ずいきで覆われた陰茎が、慶次の内部に入るところを想像するだけで、兼続はたまらなく興奮した。
 兼続は四つ這いの体勢で慶次に近づき、慶次の腿裏を掴み、臀部を高く上げさせた。白い双丘の間にある薄紅色の肛門に唇を押し当て、舌で唾液を流し込むように愛撫する。
「ああっ、兼続・・・!」
 何度体験しても、肛門を舐められる感覚には慣れないようで、慶次は全身を小刻みに震わせながら、顔を左右にねじった。ここを愛撫されると、慶次の肌は火照りだし、いっそう輝きが増す。兼続は夢中になって愛撫し、ついに舌がすんなり内部に入るほどにほぐれたところで、指を入れ、指先で優しく慶次の感じる部分を擦った。
「兼続・・・入れてくれ、早く、早く」
 入れて欲しくてたまらなくなった慶次は、腰を震わせて訴えてきたが、性具をつけた陰茎を入れるにはまだ十分に解れていないと思った。兼続は無理矢理ねじ入れてしまいたい欲望に耐えながら、徐々に指の数を増やし、ときおり唾液を流し込んではそこを広げていった。ついに三本の指がすんなり入るほど解れたのを見て、兼続は、欲望でぴくぴくとひくついている慶次のそこに陰茎の先を押し当てた。
 いつもと違う感触を押し当てられた部分に感じ、慶次は一瞬、身を固くして、布で隠され見えない目を兼続に向けてきた。
「乱暴にはしない。優しくする」
 と何度もなだめて、兼続は陰茎袋に覆われたものを、少しずつゆっくり慶次の中に入れていった。
「兼続っ。何か変だ・・・いつもと違うっ」
 半分ほど慶次の中に入れたところで、慶次は狼狽したように訴えてきた。
「苦しいのか? 痛むのか?」
 兼続は心配になって、入れてしまいたい欲望を抑え、動きを止めた。
「痛くはねえが・・・何か変だ。中で小さな虫のようなものが蠢いているような・・・感覚がするっ。気持ち悪い」
 おそらくずいきから性的快感を与える成分が染み出しているのだろう。慣れない感覚に慶次が戸惑う気持ちも分かるが、兼続はここで止めたくはなかった。気持ち悪いと感じている感覚も、慣れて行くうちに快感に感じるようになると信じて、慶次の勃ち上がりかけている陰茎を片手で愛撫してやりながら、兼続は挿入を続けた。
 やがて根本まですっぽり慶次の中に収まった。
 緊張で頬を引きつらせていた慶次が、ホッと息を吐き、身体の力を抜いたのが分かった。だがそれは束の間で、ふいに襲ってきた未知の感覚に、慶次はぶるっと身体を痙攣させた。
「兼続、中が痒い、痒い・・・ああっ」
 慶次はたまらない、というように身をよじり、縋るように兼続の背に腕を回してきた。その可愛らしい慶次の仕草に興奮した兼続は、腰を揺るやかに動かし始めた。兼続の陰茎もずいきの効果で痛いほど勃起し始め、動かすたびに、腰がとろけるかと思うほど強い快楽を感じていた。
「慶次、慶次、慶次」
 兼続は呻くように慶次の名を呟き、慶次の腰を何度も突いた。 
 慶次は嵐のように襲ってきた凄まじい快感に、背を弓なりにそらせて兼続の背に爪を立てていた。慶次の爪が突き刺さる痛みでさえ、兼続には快感に思えて、欲望の滾るまま慶次を攻め続けた。
「ああっ・・・いい・・・いい・・・中が壊れちまうっ! あ・・・あっ・・・もう、だめだっ」
 初めて味わう狂おしいほどの快感に、慶次は頭がどうにかなりそうであった。
 何かゴツゴツと感じる、堅いものを中に押し入れられ、それに前立腺を擦られる感覚はこれまでに感じたことのないものであった。それに加え、快感とも苦しみともつかない痒みが内部を襲い、自分ではどうすることもできない慶次は、気が狂いそうになった。
 痒みを解消するには、兼続に中を突いてもらうしかない。だが、突かれれば突かれるほど、嫌でも快感は増してゆく。
 震えてしまう身体をどうすることもできず、慶次は白い肌から汗をじっとり滲ませながら、身悶えていた。髪が振り乱れるほどに首をねじっていたため、目を覆っていた布が解け、涙で滲んだ目が露わになった。
「兼続、もっと・・・もっと・・・痒くて、たまらねえんだっ」
 金髪が降りかかった顔で兼続を見上げ、慶次は悲鳴に近い声を上げた。兼続は両手で慶次の太腿の裏を掴み、自分の股間に慶次の腰を引き寄せて、強く、早く、突き始めた。
 兼続の陰茎が、慶次の内部を抉るように挿入するたび、慶次は真っ赤に火照った顔を左右に揺さぶって、歯を食いしばった。目尻から流れている涙が頬を伝い、唇を濡らしている。慶次はもう限界に来ているようであった。
 兼続は慶次の右の太腿を掴み、足を全開に開脚させた状態で、身を屈めた。陰茎が抜けてしまわない程度に腰を引き、慶次の堅く勃起した陰茎の先をくわえ、尿道を刺激するように舌でつつくと、
「ああっ──」
 慶次は耐えきれず、悲鳴に近い声を上げ、背を反らせながら精を放った。その精液を口内で受け止めた兼続は、濃厚な雄の香りに恍惚としながら、それを嚥下した。喉の奥にあった精液が、徐々に胃に向かって落ちて行く感触が分かる。この瞬間、いつも兼続は、何とも淫靡な気持ちになった。
 よほど快感が強かったのか、精を放った慶次はしばらく気を失っていた。ぴくりとも動かなくなった慶次の艶やかな裸身を食い入るように見つめながら、兼続は再び腰を動かし始めた。その刺激で慶次はフッと意識を取り戻し、またもや濡れた瞳で兼続を見つめてきた。
「兼続、どうして──どうして・・・」
 こんなにも中が熱く、痒いのか、と慶次は問いたかったのであろうが、それは言葉にならなかった。兼続の与える刺激に、もう話すことができぬほど燃え上がってしまっていた。痒みの奥に感じる強烈な快感に、汗ばんだ身体を震わせ、喘ぎ声を上げた。
 その慶次の悩ましいほどの姿に興奮し、強い括約筋でギュッと陰茎を締められていた兼続は、暴れる慶次の両脚を押さえ込み、遮二無二、熱く火照った内部を突いた。
「うっ・・・」
 兼続は低いうめき声と共に、慶次の中に精を放出した。腰が痺れるような快感が通り過ぎて行くのをじっと待った。やがて再び、自分の陰茎が慶次の内部で勃ち上がったのを感じ、兼続は慶次の白い太腿を唇と舌で愛撫しながら、腰を動かし始めた。
「慶次・・・愛している、愛している、愛している」
 陰茎を慶次の中に深く埋めた状態で、慶次の身体を揺さぶりながら、兼続は何度もささやいた。悶えずにはいられない快楽で、身をのたうたせていた慶次の耳には届いていないようであったが、それでも構わなかった。心の奥から溢れ出ている感情を、言葉にせずにはいられなかったのだ。
 慶次は、またもや込み上げてきた射精感に低く呻き、熱い吐息を漏らした。涙で濡れた頬が眩しいほど艶やかで、とても美しかった。
 兼続は一度陰茎を引き抜き、脇腹を下にした状態で慶次を横たわらせ、その慶次の背中にぴたりと身体を寄せるようにして寝転がり、背後から再び、慶次の内部に陰茎を入れた。兼続が放った精液と、慶次自身の愛液で、すでにぐちゅぐちゅに濡れていたそこは、すんなり兼続を受け入れた。待ちかねていたように、慶次の腸壁が兼続のものをギュッと締め付けた。
「あっあっあっ・・・あっ・・・兼続、兼続っ」
 中に入れたとたん身体を突っ張らせて、慶次はまた達した。
 その震える身体をギュッと抱きしめ、強く腰を動かし、片手で慶次の腹部や陰茎を愛撫しながら、唇でも慶次の背中を刺激した。完全に兼続が与える快楽の虜となっている慶次は、兼続が腰を挿抽させるたび、先走りの密を陰茎から大量に溢れさせた。ダラダラと流れる液で、慶次のものを握る兼続の手も指も、すでにどろどろに濡れていた。
「お前は、なんて可愛いのだ」
 自分の手の中で快楽の密を溢れさせる慶次が、兼続は可愛くてたまらなかった。興奮し、ズブリと慶次の内奥に陰茎を突き刺すたび、慶次の身体は跳ね上がった。ガクガクと臀部を痙攣させ快楽を貪っている慶次に、兼続は強く腰を打ち付けた。慶次の尻の肉に、自分の腰が当たるパンパンという音がして、兼続の性的な欲望はさらにそそられた。
 兼続は欲望が込み上げて来るままに、慶次を何度も抱いた。
 身体を戦慄させて絶頂に達する慶次の奥深くに、何度も精液を注ぎ込み、時に、慶次の肩や首に歯を立ててしまった。痛みで震える慶次を無理矢理押さえ込んでは、本能の赴くまま乱暴に腰を打ち付け、慶次が泣いて取り縋り、快楽から逃れようとしても、兼続は止めなかった。
 慶次を優しく愛したいという気持ち以上に、自分のもので慶次を満たしたい、慶次を完全に自分のものにしたいという欲望が強くて、兼続は我を失ってしまっていた。

 寺の鐘が夜八ツ(午前2時)の時刻を知らせたとき、兼続はようやく我に返った。
 荒い息を吐きながら慶次の身体を離れて、兼続は今更ながら自分がしでかしたことに仰天した。
 力無く横たわった慶次の肛門は、精液でべっとりと濡れ、少し出血していた。肛門の周囲がぷっくりと腫れている。心配になった兼続は、急いで手ぬぐいでそこを拭き、そっと指を差し入れ、内部が傷ついていないか確かめた。
(どうやら中は無事だったようだ)
 兼続は内部が出血していないことに安心し、ホッと息を吐いた。
 指で内部をまさぐられた刺激で、間もなく、気を失っていた慶次が意識を取り戻した。いまだ焦点のあっていない瞳を兼続に向け、慶次は小さく呟いた。
「兼続は、乱暴にしないと言ったよな」
「ああ、言った。だが、お前との性交に夢中になりすぎて我を忘れてしまったのだ」
 すまない、という思いを込めて、兼続は慶次の肩に接吻した。
「お前の身体があまりにも官能的な上、熟した桃のように美味いのでな」
「俺のせいかい?」
 慶次は掠れた声で言って、ふふっと笑った。乱暴に抱いてしまったことを、それほど怒っていないようであった。
「まあ、いいさ。・・・俺もすごくよかった。今日は本当に、頭がおかしくなっちまうんじゃねえかと思うほどだった」
 慶次の言葉が嬉しくて仕方がない兼続は、慶次の隣に横たわり、背後から抱きしめた。慶次の臀部を掌で撫でたとたん、慶次は身体ぴくりと震わせ、不安げに兼続を見た。
「まさか、まだやるのかい?」
 今日の性交がよほど身体に堪えたのか、慶次は臀部を兼続とは反対の方に向けようと、体勢を変え始めた。その慶次のあからさまな反応に、兼続は笑ってしまう。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫だ。私はそこまで鬼畜ではない」
「本当かい? 今日は、もう無理だからな」
 慶次はしばらく、信用できないような目で兼続を見ていたが、やがて合い向かう体勢で、大人しく兼続の腕の中に収まった。その慶次の首筋に顔を埋めて、兼続は何度も思いきり息を吸い込んだ。精液や汗の匂いに混じって、慶次の微かな体臭がした。
 兼続はこの匂いが大好きであった。この匂いを嗅ぐと、幸せな気持ちになる。
 慶次はそんな兼続を不気味そうに見ていたが、ふと思いついたように言った。
「そういやあ、兼続。同衾の最中、俺に媚薬か何かつけたのかい? あの虫が中で蠢くような感覚は普通じゃない」
「慶次は、嫌いか?」
「いや、嫌いってわけじゃねえぜ。・・・痒くて、切なくてたまらないところを、兼続のもので突かれる感覚は・・・言葉では表せねえほど良かったけど・・・よ」
 慶次は自分で言っていて、次第に恥ずかしくなってきたのか、段々と声が小さくなった。
「つまり、慶次は気に入ったというわけだな」
 兼続が、慶次の本音を代弁して言うと、慶次は顔を真っ赤にした。反論しないところを見ると、本当に嫌っているわけではないらしい。
 兼続は嬉しくなった。
「実はこれを使ったのだ」
 兼続はずいきの陰茎袋を外し、慶次に見せた。兼続が自ら出した精液と、慶次の愛液ですでにどろどろになっていたそれを見て、慶次はますます顔を赤らめた。しかし興味はあるらしく、指でつついた。
「何だい、これは?」
「これは肥後の特産物、ずいきという芋茎で作った性具だ。江戸城でこれを知り、買ってきた。私は何としても、慶次の心を掴んでおきたかったのだ」
 慶次は驚いたように目を丸くした。
「何を言っているんだい。俺の心はとっくに兼続のものじゃないか。兼続がいるからこそ、俺は出奔せず上杉家にとどまっているんだ」
「慶次っ・・・」
 兼続は不覚にも涙ぐみそうになった。これほど嬉しい言葉があるであろうか。兼続は、政宗らとこの江戸で会って以来、ずっと感じていた焦燥感がすっと消えて行くのを感じていた。どれほど慶次の扶持について政宗に皮肉られようと、これで胸を張っていられる。
「慶次、愛している。愛している」
 兼続は、自分の心を伝えるそれ以外の言葉が見つからず、慶次の顔中に何度も接吻を浴びせた。慶次はそれをくすぐったそうに受けていたが、やがて言った。
「・・・でも、たまにはこういう趣向もいいかもしれねえなぁ。この性具は、ちょっと病みつきになりそうだ」
「そうか! 慶次はやっぱり気に入ったのだな! そうであれば、米沢に帰る前にこれをたくさん買って行かねばならぬな」
「ああ、でも時々でいいんだぜ、これを使うのは」
 慶次は焦った表情になった。
「これを使って性交すると、兼続が恐ろしく乱暴になっちまって、俺はえらく体力を消耗することになるからねえ」
「そうか、それは残念だ。私はかなり気に入ったのだがな」
 じつは今夜もまた、使おうと思っている、と言うと慶次が逃げ出してしまいそうなので、兼続は黙っておくことにした。
「それにこれは、もともと芋茎を干したものでできているから、食用にもなるそうだ」
「ええっ」
 慶次は驚きの声を上げ、次いで不安げに兼続を見た。
「まさか・・・兼続、この使用済みのものを、今晩の御菜にしようと考えているわけじゃねえよな?」
「いや、これは洗えば、何度か性具として使えると聞いたのでな。御菜するつもりはない。・・・が『馬並み』の方は、どうしようかと思ってな」 
「馬並み? なんだい、そりゃあ」
 慶次が興味津々という顔で訊いてきたので、兼続は立ち上がり、押入に隠しておいた『馬並み』の特大・陰茎袋を持って、再び、慶次の隣に潜り込んだ。
「ほら、これだ」
 兼続は慶次に差し出して見せた。
「うーん、これは確かに大きいが、中途半端な大きさだねえ。・・・俺には小さ過ぎるし」
「馬で言うなら、お前のはさしずめ『松風並み』だからな」
 兼続はそう言った切り、黙るしかなかった。陰茎の大きさでは、どうしたって慶次には適わないからだ。
「で、でもよ、大きすぎるモノも、受ける方は大変なんだぜ。苦しいだけなんだ。俺には兼続の大きさがちょうどいい」
 不穏な空気を察した慶次は、慌てていったが、兼続にはあまり慰めにならなかった。陰茎の大小の問題は、男にとってそれほど重要事なのだ。
「・・・で、兼続はこれをどうしようと思っていたんだい?」
 陰茎の大きさの話から、話題を逸らしたいと思った慶次は、焦りながら兼続に訊ねた。
「そうだな。持っていても使い物にならないし、いっそ煮付けにして食べてみようかとも思ったのだが・・・」
 と、言いかけて、兼続はふと名案を思いついた。
「慶次」
「ん、なんだい?」
「孫市の陰茎は、これより大きいのか?」
 慶次は、また余計なことを言ったらまずいと思ったのだろう。一瞬、困った顔をして、言葉を選ぶように言った。
「そうだねえ。それがぴたりと合うか、わずかに孫市のほうが小さいか・・・くらいかねえ」
 それを聞いて、兼続は内心ホッとした。これよりもずっと大きい、などと言われたら、間違いなく自分の自尊心はズタズタに引き裂かれていただろうと思った。
「そんなことを聞いて、どうするつもりなんだい?」
 不安げに訊いてきた慶次に、兼続は笑いかけた。
「なに、別に孫市と喧嘩をしようというわけではない。慶次は心配しなくてもいい」
 慶次は、それでも気遣わしげに兼続を見たが、それ以上、言いつのりはしなかった。

 
 十三日の夜も、兼続はずいきを使って慶次を抱いた。
 二週間以上前から用意していた『落窪物語』の写本を慶次に見せ、
「明日の『愛の守護聖人の日』に慶次に贈りたくて、私が写本したものだ。まだ少し早いが、今夜贈って置きたいと思ってな。お前が私に贈ってくれた裃に比べれば不十分だが、喜んでくれるなら嬉しい」
 と言い、気持ちを伝えると、慶次はこの贈り物に驚喜した。
 薄紅色の紙に、心を込めて書き写し、兼続自らの手で製本したものというのが、慶次の心を強く捉えたようであった。
 兼続の贈り物に歓喜した慶次は、多少の兼続の我が侭も聞いてやろうという気持ちになり、二日続けて、兼続の執拗な同衾に付き合わされることとなった。

 その翌日の十四日、兼続は慶次とともにたっぷり昼頃まで眠ったあと、腰を使いすぎて、立つことさえままならない慶次を屋敷に置いて、ひとり、政宗の屋敷へ向かった。この日、慶次を屋敷に連れて来るよう、政宗に言われていたからだ。
 客間に通された兼続が待っていると、間もなく、政宗と孫市が部屋に入って来た。二人とも慶次がいないことがよほど面白くないようで、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
「わしは、慶次を連れて来いと言ったはずじゃ。貴様には用はないわ!」
 政宗は烈火のごとく怒ったが、兼続は涼しい顔をして言った。
「お前は、慶次を伊達家に迎えたいと思っているようだが、私が上杉にいる限り、それは絶対に無理な話だな。早々に諦めた方がいい」
「何じゃとっ!」
「慶次は私にこう言った。俺の心はとっくに兼続のもので、兼続がいるからこそ、俺は上杉家にいるのだ、と。ゆえに、私が伊達家に仕官せぬ限り、お前がどれほど慶次の仕官を望んでも、それは実現できぬことだ。だが、私は死んでも上杉家からは離れないし、お前も私を仕官させる気は少しもないであろう。・・・つまり慶次の伊達家仕官は絶対に叶わない、ということだ」
 あまりの兼続の言葉に、政宗と孫市はしばらく茫然としていたが、やがて我に返り、一斉に叫んだ。
「本当に慶次はそう言ったのか? 貴様の作り話ではあるまいな!」
「・・・だいたい、あんただって、慶次に貧乏はさせたくないだろう? 相手のことを思って、より良い環境に行かせてやるのも、愛ってやつじゃないのか」
 少し前の兼続なら、孫市の言葉に怯んでいたところだ。だが、今の兼続は慶次に愛されているという自信に満ち、少しも動じなかった。
「私の言葉が偽りだ、と思うなら、慶次に直接訊ねてみるがいい。本人の口から聞いて、さらに傷つくのはお前たちなのだからな。・・・だが、今日、明日は駄目だ。慶次は私との同衾の疲れで、寝込んでいるからな」
 極めつけの一発を食らい、政宗も孫市ともにぐうの音も出なくなった。慶次との同衾を自慢げに語る兼続が憎らしくてたまらなかったが、慶次がこの男の元にいる以上、負けを認めるしかない。
「今、私は慶次に愛されている。だが、それでずっと慶次が自分のものであるなどと、自惚れるつもりはない」
 押し黙ってしまった政宗と孫市に向かって、兼続は言った。
「私はこれからも慶次の幸せを願って、最大限の努力をするつもりだ。上杉家の財政をもっと安定させ、慶次の扶持も増やしてやりたいと思う。・・・だが、それでも万一、慶次の心が私から離れてしまったときは、遠慮なく私に挑んでくるがいい。それでもし慶次がお前たちを選んだなら、私は潔く慶次を解放しよう」
 兼続はそう言って、立ち上がった。そして、ふと思い出したように小袖の懐を探り、あの『馬並み』ずいきを二つ取り出した。それをひとつずつ、政宗と孫市の前に置き、
「これは慶次から、お前たちへの贈り物だ」
 兼続はフッと笑った。
「何じゃ、これは?」
 政宗はこれが何をする物なのか分からず、不思議そうな顔をしたが、孫市は一目見て『性具』だと分かったらしい。何とも複雑な顔をした。
「何で慶次は、これを俺に?」
「私もよくは分からないが、おそらく、これを使える相手を早く探した方がいい、ということなのであろう」
「そんな、馬鹿なっ」
 孫市は悲鳴に近い声を上げ、絶望的な顔をした。
 兼続は、まるで『この世の終わり』とでも言いたげな孫市の顔を見て、思わず吹き出しそうになった。もちろん、あれは慶次から二人への贈り物でも何でもなく、孫市に言ったことも全部嘘だが、本気にしている孫市を見て、胸がスッと晴れた思いがした。
 兼続は、屋敷に戻る道中もたびたび孫市の顔を思い返しては、馬に揺られながら、ひとりで笑い転げていた。


「おーい、かーねーつぐー」
 遠くで慶次が呼んでいる声がして、家臣らと田植えをしていた兼続は、腰を上げ振り返った。
 時は五月中旬。江戸から米沢に戻ってきて、二月近く経っていた。この忙しい田植えの時期は、農民だけでは手が足りず、藩士も一丸となって農作業に勤しんでいた。
 赤い小袖を着た慶次がこちらに走ってくるのが見え、兼続は手を挙げた。慶次に分かるように大きく振る。
 間もなく、息せき切ってやって来た慶次は、兼続の目の前に立ち、くるりと一度回って見せた。
「どうだい、この小袖。なかなか良いだろう?」
「ああ、夕日のような赤い色が華やかで美しいな。麻の葉の模様もいい。やはり慶次には赤が似合う」
 目を細めた兼続は、眩しげに慶次を見て褒めた。慶次の艶やかな姿を見るだけで、田植えの疲れが吹き飛ぶ気がした。
「これ、政宗が送ってきてくれたんだぜ」
 にこにこと笑って、慶次は言った。
「また政宗か。本当に懲りない奴だな」
「もう衣装を送ってくるのは止めにしてもらおうと思って『政宗の気持ちは有り難いが、あまり上等な衣装を送ってもらっても、普段使えないから、返って困る』と文に書いて送ったんだが、そうしたら今度は、色々な色の小袖やら野袴が何枚も届いた。・・・これなら畑仕事でも着られるだろ? 有り難く頂戴しようと思ってねえ」
 江戸であれだけ、手酷く兼続にやられたにもかかわらず、政宗は未だ執拗に慶次に執着していた。兼続に言われたことなど、まるで気にもしていないという様に、孫市とともにせっせと衣装やら香やらを送ってくる。
 確かに、兼続も「遠慮なく私に挑んでくるがいい」と、大見得を切ったが『慶次の心が私から離れてしまったときは』という条件付きであったはずで、いつでも遠慮なく私に挑んでくるがいい、という意味で言ったのではない。
 その辺りのことが、政宗には通じていなかったのか、と兼続は頭痛がしてくる思いであったが、慶次が喜ぶ顔を見ては「もう二度と衣装は送ってくるな」とは言い難かった。
 いまのところ取り立てて害はないし、慶次が喜ぶ姿を見られるなら、大目に見ようという気持ちになっていた。要は政宗や孫市が何をしかけてきても、慶次の心が離れることのないよう、懸命に愛すればいいのである。
「よし! 俺も田植え、手伝うぜ!」
 慶次はにこにこ笑い、野袴を太ももまで捲った姿で、白い足を泥の中に沈めた。
 すぐに家臣らに混じり、歌を歌いながら楽しげに田植えを始めた慶次を見て、兼続は喜びで胸がいっぱいになった。慶次がこの米沢で、幸せに暮らしていることが、兼続にとっては何より嬉しいことなのだ。
(愛の守護聖人は政宗と孫市にではなく、私に加護をくださったようだ)
 兼続は、ふとそんなことを思った。
 慶次と恋人同士になって以来、兼続はずっと幸福であったが、二月以来、さらに大きな幸せを感じるようになった気がした。愛の守護聖人の日がきっかけとなって、慶次の愛をより確かに感られたことが、兼続の心に影響を与えていた。
(来年も、慶次と二人で二月十四日を祝いたいものだ)
 そう願いながら、兼続は手ぬぐいで汗を拭い、五月の高い空を見上げた。
 雲ひとつない青く澄んだ空には、まるで二人の前途を祝福するように、きらきらと輝く大きな翼を広げた二羽の白い鷺が舞っていた。

2010.02.23 完結