我無限愛君5
兼続にとって苦痛に満ちた鎌倉旅行を終え、慶次と二人の生活に戻ってから三週間あまりが経っていた。早いもので、すでに暦は二月。
いよいよ家康が、正式に朝廷より征夷大将軍に任命されることが決定し、12日に再度、全国の大名らは家康に祝いの挨拶をしに江戸城に登城することとなっている。兼続も上杉家代表として登城する予定であったが、この件と並んで、政宗より聞いた『愛の守護聖人の日』のことが、今の兼続の重要事となっていた。
鎌倉から帰って以来、何度も上杉屋敷に押しかけてきている政宗と孫市の会話から、愛の守護聖人の日が二月十四日ということは分かった。南蛮では、夫と妻、恋人同士の間で恋文を書いて、愛していることの証を贈り合う特別な日となっていることも知った。この日、好きな女性に求婚する男も多いらしい。つまり「愛」一色で満たされる日なのだ。
(そのような日に、政宗と孫市が私の慶次に贈り物などするとは!)
と、二人の下心みえみえの行為が兼続は不愉快でたまらなかったが、かといって贈り物をする行為そのものを妨害するのは、あまりに恰好悪い。
政宗たちが慶次に奪略愛をしかけているなら、兼続としても正々堂々と受けて立つつもりであった。愛染明王を信仰し、愛を前立に掲げる者としての意地もある。
兼続にとっては絶対に負けられない戦いであった。
(慶次への贈り物は何が良いだろうか・・・)
江戸の町を一人で歩いているとき、兼続はいつもそれを考えながら歩いていた。
兼続にとって幸いなのは、政宗と孫市が慶次に衣装を贈る予定だということを予め知っていたことであった。もちろん、同じもので政宗らに勝負を挑むつもりはない。悔しいが慶次好みの傾いた衣装を選べる自信もなかったし、その点では政宗には適わない、と兼続は自覚している。だが慶次好みの書物なら、絶対に選べる自信があった。
幸運なことに、数年前、京の公家屋敷で催された連歌会で知り合った僧侶から『落窪物語』の写本をもらっていて、江戸滞在中にゆっくり読もうと持参していた。これをさらに美しい紙に書き写し、製本して贈ったら、慶次が喜ぶことは必至だった。
兼続はここ二週間ほど書斎にこもり、慶次に秘密で写本作業を進めていた。
しかしこれだけでは、まだ政宗たちに対抗するには不十分という気がした。
何か、もうひとつ、慶次の心に響くような決定的なものが欲しかった。
だが、町を歩いて立ち並ぶ店を覗いても、これと言ったものが見つからぬうちに日は巡り、ついに江戸城に登城する日が来てしまった。
江戸城内の大広間は、年賀挨拶の日以上に混雑していた。征夷大将軍となる家康に顔を売りたい、という藩主たちが家臣らも引き連れて挨拶に来ていたためであった。
兼続は景勝の名代ではあったが、陪臣の身分であるため、大名たちの後ろの列に並び座っていた。兼続と同じ列やさらに後ろの列には、兼続同様の名代や、大名に付き添って来ている家臣らが並んでいる。その中に、何やら説明書きがしてある挿絵入りの紙を、しきりに周囲の者たちに配っている男がいた。
その行為に眉をしかめる者も多かったが、兼続はその男が配っている紙に何が書いてあるのかとても気になった。
「よろしかったら、一枚どうぞ。ぜひご覧ください」
兼続の興味津々な顔に気づいた男は、そう言って紙を手渡した。
よく見ると、その男の肩衣には見覚えのある家紋があった。兼続はすぐにその家紋が、加藤清正と同じ「蛇の目紋」であると分かった。
「肥後熊本藩主・加藤清正の家臣、加藤善右衛門と申します」
と兼続に自己紹介をした男は、肥後の特産物である「芋茎(ずいき)」を全国に知ってもらいたいと思い、ここで宣伝しているのだと説明した。
藩の特産物を売り込むためとはいえ、江戸城に来てまで宣伝するとは、ずいぶんと節操がない、と半ばあきれ果てながら兼続はその紙に目を通した。
ハスイモの茎の皮をむき干した、その「ずいき」と呼ばれているものは、食用にもなり、畳の材料にもなり、貯蔵に耐えるので兵糧としても最適、と紙に書いてあった。
兵糧という言葉に興味を惹かれた兼続が、さらにそれを読み進めて行くと、いっそう目を惹く説明と挿絵に行き当たった。
「性具としても最高」
と太字で書かれた横には、細長い袋状の『陰茎袋』なる挿絵が描かれていた。乾燥したずいきを縄状にし、それを編んで作った性具で、陰茎にすっぽりかぶせて使うものらしい。これをつけて性交すると、女人に何とも言えぬ性的快感をもたらし、涙を流して喜ぶのだという。
兼続は、この宣伝文句にすっかり心を奪われてしまった。女人に快感をもたらすなら、慶次を相手に使用しても効果があるはずだ。
(愛の守護聖人の日には、これを使って性交し、慶次を私の虜として見せる!)
と、俄然やる気が漲ってきた。
加藤清正の家臣から、もっと詳しい説明を聞きたいと思ったが、大勢の者が集まっている面前で質問をするわけにもいかず、兼続は悶々としながら家康との謁見が終わるのを待った。
兼続の心を覆っていた、家康が征夷大将軍となる忌々しさも、ずいきの陰茎袋に気を取られていために薄れ、そのため、家康の前で不満に思う気持ちを微塵も出さず謁見を済ますことができたのは、上杉家にとって幸いであった。
年始挨拶に続いて、兼続との謁見がよい雰囲気の中で進められたことに満足した家康は、
「景勝殿と子息は、息災であるか」
とわざわざ口にした。これはとりもなおさず、上杉家を取りつぶすつもりがないことを家康自ら示したも同然のことであった。
二人とも息災であることを告げた後、兼続は深々と一礼し、大広間から退出した。
(家康の方からあのように言ってくるとは驚いたが、これでしばらくは上杉家も安泰だな)
と喜びを噛みしめたあと、ホッと息を吐く間もなく、兼続は加藤清正の家臣を求めて、江戸城内を探し始めた。しかし加藤清正らはすでに江戸城にはいないようで、どこをさがしても加藤善右衛門はいなかった。
兼続は彼を探すのを止めて、説明書きに書かれている小間物問屋に行ってみることにした。両国にあるというその問屋は、九州の国々の特産物を主にあつかっている店らしい。
兼続にとっては運良く、いつも兼続の邪魔をしてくる政宗は、夕刻から催される家康主催の祝賀会に出席することになっていて、今日は兼続の邪魔をする時間などないはずであった。
江戸城を出た兼続は、両国へと急いだ。
小間物問屋は大変なにぎわいで、兼続が着いたときには、店の前に二十人を超える客がいて、品物を物色していた。中には、江戸城内で見た覚えのある者も何人か混じっている。『ずいきの性具』が何としても欲しい兼続は、ここにいる客達全員、性具を購入しにきたように思えてきて、大いに焦った。
もともと兼続は、人間の性欲を否定しない男。ふつう性具などという物は人目を阻んで購入する類のものであるが、兼続は違った。人混みをかき分け、人垣の一番前まで来ると、
「ご主人、ずいきの陰茎袋を見せてもらえないか。できたら使用方法も教えてほしい」
と、店中に響き渡る声で言った。
それを聞いた周囲の客は、思わずドン引きしたが、兼続はどこ吹く風。・・・というより、ドン引きされていることに気づいていなかった。
兼続の声に、性具を持った店の主人がすっ飛んで来た。風紀の悪い店と思われ、他の客が逃げてしまうのを恐れたのだ。
「こちらが・・・その例の物でございます」
主人は、特大・大・中・小の大きさの陰茎袋を兼続に見せた。
「これがそうか・・・」
兼続は一番大きいものを手に取り、つくづくと見た。一見、白いかんぴょうのように見える紐状の干したずいきが、綺麗に袋状に編み込まれている。思ったよりも堅かった。
「これを陰茎にかぶせて、相手の内部に入れても中は傷つかないのか?」
心配になった兼続が問うと、
「使用する前に人肌くらいの温度の湯に入れてください。すると柔らかくなり弾力がでます。それをお客様の大事なものの根本まですっぽりかぶせ、取れてしまわないよう、この紐で縛ってください。そうすればお相手の方を傷つけることはございません」
主人は答えた。
その後も詳しい説明を受け、使用説明書をもらった兼続は『馬並み』と書かれた特大のものと『砲筒』と書かれた大の大きさのものを4つずつ購入することにした。自分の陰茎には「大」で合うとは思ったが、万一、合わなかったときのことを考え『馬並み』も用意した。大きさが合わなければ、水でもどし、解いて料理に使ってしまって問題ないという。
納得した兼続は主人に代金を払い、上機嫌で屋敷へ帰った。
慶次はちょうど留守にしていて、屋敷には十兵衛しかいなかった。
(これは都合がいい。慶次がいない間に、試しに装着してみるか)
兼続は十兵衛に命じて、小さなたらいに入れたぬるま湯を書斎に持ってこさせた。間もなく、十兵衛が夕餉の御菜を購うため、屋敷を出たのを見届けると、兼続は書斎の襖をびっしりと閉め、買ってきたずいきの陰茎袋、特大と大をそれぞれひとつずつぬるま湯につけた。
兼続が肩衣と袴を脱ぎ、褌を解いている間に、陰茎袋はお湯を吸収して革ひものように柔らかくなった。ほどほどに弾力があり、さわり心地も良い。湯で濡らした布で兼続は自分の陰茎を綺麗に拭いた後、しごいて勃起させ陰茎袋をかぶせた。
「おお、これはなかなかいい具合だ」
「大」の大きさのものが兼続のものにぴったり合った。「馬並み」のほうは、長さ太さともに兼続には少し大きすぎ、これを使ったら、慶次の内部で取れてしまいそうであった。
兼続は陰茎袋をかぶせた自分のものを眺め見た。
網状のずいきに覆われた陰茎は、通常の陰茎よりも一回り以上大きくなったように見え、何とも勇ましく感じた。じっさいこのずいきには、一時的に男性器を肥大させる効果をもたらす成分、そして、これを挿入される者には性的快感を与える成分が含まれているそうで、店の主人からもらった説明書には「この成分の効果で少し性器に痒みを感じる」と注意書きがあった。
そう言われてみると、少し陰茎の先がむず痒い。
ずいきの効能を実感した兼続は、急いで陰茎袋を外し、もういちどぬるま湯で洗って良く絞り、慶次に見つからないよう手ぬぐいに包んで押入に隠した。
「屋敷に戻ってくるとき江戸城の前を通って来たんだが、家康公の祝賀会に出席する大名たちが、大手門の前に並んでいるのが見えたぜ」
兼続の隣に座り、夕餉を食べていた慶次がにこにこと話しかけてきた。
「兼続は出席しなくて、良かったのかい?」
またもや、そう慶次に話しかけられたが、兼続の耳には届いていなかった。慶次の口元や首筋、胸、腰周りを見ることばかりに気を取られていたからだ。陰茎袋を試着してからというもの、兼続は慶次の肉体にばかり気が入って仕方なかった。
加えて慶次は、湯上がりのいい匂いを放っている。孫市から『しゃぼん』という、南蛮渡来の洗浄剤をもらってきたようで、湯に入ったときこれを使ったらしい。くれた相手が孫市というのは気に入らなかったが、異国風の何ともいえぬいい香りは兼続も好きになった。湯で肌を桃色に染め、いい香りを放つ慶次が目の前に座っているのだ。ただでさえ、ずいきの成分で刺激を受けているのだから、これで性的興奮を感じないほうがおかしかった。
相変わらず慶次の声が聞こえていない兼続は、慶次の身体を舐め回すように見つめていた。その兼続のねっとりした視線に気づいた慶次は、
(たった三晩やらなかっただけで、兼続はもう性欲がたまっちまったようだ)
と心の中で呟き、あまりにも分かりやすい兼続の反応に苦笑した。
「毎晩、性交してはお前の身体に負担がかかる」
と言って、自分を気遣ってくれる兼続の気持ちは嬉しかったが、それによって会話も覚束なくなってしまうほど性欲を溜め込んでしまうのは、正直、困ったことであった。
「兼続、大丈夫かい?
全然、飯が減っていないぜ」
くすくすと笑った慶次に言われて、兼続はようやく我に返った。
「すまない、慶次。何か言ったか?」
「家康公の祝賀会に出席しなくても良かったのか、って言ったのさ」
「ああ、出席せずとも構わない。景勝様が出席なさったとしたら、私も共に出ていたところだが、ただの陪臣に過ぎない私だけが出席するというのも変だからな。家康も最初から、上杉家の者が出席すると期待していなかったであろう」
兼続は冷静を装い言ったが、こうして会話を続けていることさえもどかしかった。夕餉を済ませ、歯を磨き、早く慶次を布団に押し倒したい、というのが兼続の本音であった。本当は十四日の『愛の守護聖人の日』に合わせ、十三日の夜から十四日の明け方にかけて、あの性具を使って慶次を抱くつもりであったが、もう我慢できそうにない。
すっかり冷めてしまった飯を急いで腹に収めた兼続は、隣でゆっくり箸を口に運んでいる慶次に近づき、
「慶次、今夜、いいだろう?
お前を抱きたい」
と耳元でささやいた。慶次の髪からしゃぼんのいい香りが漂い、兼続はそれだけで興奮し、褌の中で自分のものが勃ちかけているのが分かった。
「ああ、いいぜ」
慶次は頷いて、少し顔を赤く染めた。
兼続は素早く歯磨きを済ませ、十兵衛にぬるま湯と目隠しに使えそうな長細い布を用意させた。十兵衛は訝しげな顔をしたが、構わなかった。兼続が何をしようが、屋敷内で起こったことは決して口外しない、口が堅い男だったからだ。
先に寝室へ行き布団を敷いた兼続は、間もなく十兵衛が持ってきた湯の入ったたらいに陰茎袋を入れ、それを人肌程度に温めながら、慶次が来るのを待った。