秘め事9
兼続もまた慶次の痴態を見せつけられ、たまらない気持ちになっている。
己の下で身体をくねらせている慶次は、喩えようもなく淫靡であった。
そして慶次にそんな淫らな痴態を曝させているのが、他でもない己であるという事実が、兼続の官能を誘っていた。さらに大きくはだけさせた慶次の白い胸には、左近が接吻をした跡が点々と残っていて、それが兼続の猛烈な嫉妬心を煽っていた。
何としても慶次と性交して、自分のものだという証を立てなければ気が済まない。
兼続は股間を揉んでいる手を右手から左手に変え、右手で器用に慶次の帯を解き始めた。そして帯を解いた後、兼続は慶次の腰を抱え上げ、一気に袴を膝下辺りまで引きずり降ろした。
「ちょっと、兼続!待った!待った!待ったあ!」
兼続に愛撫され我を失っていた慶次はハタッと気づき、抗議の声を上げる。
慶次は慌てて兼続から逃げようと、兼続の身体を押しのけ立ちあがり走り出そうとしたが、膝下まで降ろされた袴に足を取られ、前のめりにバタンと倒れてしまった。
畳に俯せに倒れた慶次の上に、兼続がすぐさま乗り上がる。
「お前が逃げ出した時のことを考えて、袴を全部脱がさずに置いたことが早速効をなしたな」
してやったり、とでも言いたげな顔で兼続は笑う。そして腰に差していた脇差しを抜き、慶次の褌と肌の間に差しいれ、それでスッと褌を真っ二つに切った。
「──えっ?」
妙に臀部が涼しくなったのを不思議に思い、慶次が後ろを向いたときにはもう遅かった。兼続が己の蕾の表面を指先で愛撫し始めていたのである。
「はぁ・・・あぁ」
慶次は甘い声を洩らしながら、身体をビクッと震わせた。左近との性交で傷ついた表面をさすられ、快感なのか痛みなのか解らない感覚が慶次を襲った。
その時だった。
「慶次、お前のここは傷つき、赤く腫れ上がっているではないか!」
兼続が仰天して声を上げた。
慶次のそこを指で愛撫したとき、妙な違和感を感じた兼続がそこを見ると、慶次の蕾が酷く腫れ上がっていたからである。
兼続はこの傷ついた慶次の蕾を見て、とてもじゃないがこの状態の慶次の中に押し入ることはできない、と性交することを諦めた。
傷が完治したらその時こそ慶次とまぐわうのだ、と決意して懸命に欲望を抑えた。
「酷いのか?」
あまりにも驚いた声で兼続が叫ぶものだから、慶次は不安になった。
「ああ、かなり酷い。ずいぶんと痛むんじゃないのか?」
「ずいぶんってほどではねえが、けっこう痛む」
「左近はこんなにもお前を傷つけておいて、手当の一つもしなかったのか?!」
兼続は激昂して大声を上げる。
慶次はドキリとして、思わず兼続の腕を掴んだ。
あまりの兼続の怒りように、左近のところへ文句を言いに行ってしまうのではないか、という不安に駆られたからである。
「昨日はそれほど痛まなかったし、左近殿も分からなかったんだ」
「だからといって、傷ついたお前を放っておいた言い訳にはならない!」
「だけどな。分からなかったら手当しようがないだろ?」
怒れる兼続を宥めようといったこの一言が、兼続の逆鱗に触れた。
「お前はなぜそれほどまでに左近の肩を持つ?!さてはお前、左近に惚れたのか?!」
灰褐色の目に狂気じみた光りをほとばしらせ、兼続は怒声を上げた。
(うへえ、まいったな、こりゃ)
兼続がこんなに嫉妬深いとは思いもしなかったよ・・・と慶次は心の中で呟く。
「いや、そうじゃねえよ。兼続がここで大騒ぎしたら、左近殿と俺が肌を合わせたことが皆に知れちまうだろ?俺はそれが嫌なんだ」
「確かにその気持ちは分かるし、私もお前と左近が肌を合わせたことなど、皆に知られたくはない。第一、お前は私と恋仲なのだからな」
(いや、違うだろ!俺たちがいつ恋仲になったんだよ!)
慶次は思わず心の中で突っ込みを入れる。
だが今、余計なことを言ったら面倒なことになる、と思った慶次はその気持ちを言葉には出さなかった。
「だから左近殿と俺とのことは、絶対秘密にして欲しいんだ」
(特に三成に知られては困る)
そう思った慶次は、兼続に懇願するように言う。
そして慶次は、左近と三成が恋仲であることを兼続に言うべきか云わざるべきかしばらく迷ったが、結局黙っていることにした。そういう話しは三成が兼続に直接伝えるべきものだ、と思ったからである。
「そういう願いなら、私はいくらでも聞いてやるぞ」
兼続はとろけるような笑顔で、心底嬉しそうに言った。そしてしばらく、可愛くてたまらないとでも言いたげな顔で慶次を見つめていたが、
「そうだ」
と言ってふいに立ち上がった。
「お前の傷を手当てしよう」
「いや!いいって!大丈夫だって!」
慶次は慌てて言ったが、兼続はそれにかまわず机の脇にある引き出しから小さな入れ物を取り出した。
「刀傷用の軟膏だから、よく効くはずだ」
「その薬を貸してくれ!自分で塗る!」
兼続の手で塗られるのはどうにも恥ずかしくて慶次は叫んだが、兼続に「駄目だ!」と一喝される。
「傷ついた場所が場所だ。自分じゃ上手く塗れないだろ?表面だけじゃなく、奥の方まで塗らないとならないんだ。それとも私じゃなく、医師に塗ってもらいたいか?何なら呼んでやるぞ」
「いや!駄目だ!医師はいらない。兼続がいい!」
慶次は真っ青になって、叫んだ。
「そうか。慶次は私が良いか!」
嬉しそうな顔で兼続は笑った。
(慶次は私が良いか、じゃねえよ!俺はそういうつもりで、言ったんじゃない!)
「そうじゃなくて、俺は・・・っ!」
「私が良いのだろ?お前はそう言ったではないか」
「確かに言った、言った・・それはっ・・・ぐ・・・うっ・・・」
そう言いかけたところで、兼続の指が体内に入って来たのを感じて慶次はうめき声を上げた。兼続の指にはたっぷり軟膏が付いていて、その指に体内の敏感な部分をまさぐられ、慶次はぶるっと身体を震わせた。
「慶次、お前の中は異常なほど熱いぞ。お前、熱があるんじゃないのか?」
兼続がそう言っている声が聞こえるが、慶次にはそれに答える余裕はなかった。意図的なのか、無意識なのか、兼続に前立腺を揉みほぐすように押されて、慶次の股間はみるみる勃起してしまった。
俯せに寝ているため、固くなった股間が己の身体と畳の間に挟まれて、痛くてたまらない。
慶次は左肘で上半身を支え、腰を浮かせた体勢を取り、右手で股間をまさぐりはじめた。
「まさか、勃起してしまったのか?お前はずいぶんと感じやすいんだな」
慶次が自慰をしていることに気づいた兼続は、自らの手で慶次の陰部を愛撫したくてたまらない衝動に駆られた。慶次の勃起した陰部を責めて、慶次を射精させることは、兼続が長い間望んでいたことであった。
陰部を握っている慶次の手をやんわり解放させ、兼続は自らの掌で慶次のそそり立った肉を包んだ。
「お前のここは信じがたいほど大きい。私の掌では包みきれないぞ」
兼続はそう言いながら、慶次の肉を強弱をつけて揉む。同時に後方を責められて、慶次はたまらないというように身体をよじる。
「ああ・・・・やっ・・・あぁぁ・・っ」
後方に入れた指をキュッと締め付けながら、身悶える慶次の艶っぽい姿態を見て、兼続はごくりと唾を飲んだ。
(傷が完治するまで慶次と性交は出来ない。だが・・・)
兼続はこの時、自分の指を己の性器だと想像して慶次を犯し、愉しませてもらおうと考えていた。
一度指を体内から引き抜き、指を二本に増やし、そこにたっぷりと軟膏を付けた。蕾の表面に押しあて指の腹でくすぐるようにさすってやると、慶次は快感の声を上げる。しつこくそこをさすっている最中、ついに我慢できなくなった慶次が後ろを向いて、
「なあ・・・兼続」
と甘えるような声で訴えてきた。その鳶色の瞳は潤んでいる。
(これはまた、こたえられない可愛さだな!)
兼続は慶次の愛らしさに満足しながら、再度慎重に挿入させる。さきほどより太いものが進入してきた歓喜で、慶次の内部が伸縮し、うごめいた。指全体に内壁が絡みつくのを感じながら、兼続は前後に動かした。
「はぁ・・ぁあぁ・・・・あぁぁぁ」
兼続が動かし始めると、慶次の陰部がさらにグググと大きくなった。
慶次の亀頭を指の腹でさすってやり、後ろの内壁を擦り上げる。
慶次は断続的に切ない声を洩らしはじめた。
「もう・・・・あぁぁ・・・あぁ・・・
慶次は感極まったかのように身悶えして、腰をガクガクと震わせた。
快感のあまり膝で己の身体を支えることも難しくなっているのか、崩れ落ちそうになっている。
慶次のその姿を見た兼続は、慶次の身悶える時の表情が見たくてたまらなくなった。後ろから責めていたのでは、見ることができない。兼続は慶次から指を引き抜き、慶次の身体を抱え上げるように押して、仰向けに寝かせた。
仰向けに寝かせた慶次の姿は、喩えようもないほど淫美であった。
兼続の視線は、慶次の陰部に吸い寄せられる。
ふわふわとした金褐色の陰毛から、巨大な肉が反り立っている。
その肉は根本から先端に行くにしたがって色が濃くなり、亀頭は鮮やかな桃色をしていた。
兼続の奥底から、慶次の肉にしゃぶりつきたい衝動が突き上げてきた。
吐く息が肉に触れるほど近くまで顔を寄せ、先端を舌でぺろりと舐めた。口内に慶次の匂いが広がる。兼続はその匂いにうっとりと酔い、夢中で慶次の亀頭にむしゃぶりついた。
兼続の口内に亀頭が包まれた瞬間、慶次は身体をびくりと震わせた。
兼続は肉に舌を巻き付けてキュッと締め上げては、亀頭を唇で吸い上げる。
「あぁ・・・・あぁ・・・・!」
その絶妙な舌技に、慶次は背中をのけぞらせ声をはり上げた。
慶次のあられもない狂態に、兼続の愛撫も熱がこもる。
慶次の片足を肩に担ぎ、慶次の腿の間に身体を潜り込ませる。左手の二本の指に軟膏をたっぷり塗りつけ、慶次の内部に挿入させる。その指をくの字に曲げるようにして内壁を揉みながら、亀頭の割れ目を舌先で抉るように擦りあげると、慶次はたちまち頂点へ追いつめられた。白い身体をのたうたせ、ガクガクと激しく慄わせる。
「あぁ・・・ぁぁぁ・・・もう、イクッ・・・!」
慶次は歓喜の悲鳴を上げながら絶頂を極め、がっくりと首を落とし悶絶した。
兼続は慶次の内部が解れたのを見計らって、指を抜き取った。
そして長い乱れ髪を畳に広げて、火照った身体を横たわらせている慶次を、魂でも奪われてしまったかのように呆然と凝視した。
気絶して尚、慶次の腿は小刻みに震え、肉から精液を溢れさせている。
悦楽の余韻を残す慶次の肉体からは、匂い立つような色香が滲み出ていた。
兼続は無我夢中で慶次の身体に抱きついた。そして慶次の匂いに酔いしれながら、白い肌に舌を這わせ、再び愛撫をほどこしていった。
「慶次、身体の具合はどうだ?」
兼続が夕餉の膳をもって自室に入ると、慶次は起き上がって窓から外の風景を見ていた。そして兼続が入って来たのに気づくと、
「もうだいぶ良い」
と言って微笑んだ。
慶次と兼続が肌を重ねてから、一週間が経っていた。
兼続の濃厚な愛撫で、何度も絶頂に追いつめられた慶次は、その後高熱を出して、三日間意識を失ったかのように寝込んでいた。
その間兼続は、慶次に無理をさせてしまった己を激しく責めながら、懸命に看病をした。
献身的な看病の甲斐があって症状が良くなり、慶次が目を覚ましたとき、泣きそうな顔をした兼続が己の顔を覗きこむようにして見ている光景が飛び込んできて、慶次は酷く驚いた。
その後兼続に
「お前は、死ぬところだったんだぞ」
と言われ、慶次は「まさか!」と笑ったが、
「笑い事ではない!」
と叫び真剣な顔をした兼続を見て、慶次は己がどれだけ危ない状態にいたかやっと認識できたのである。
だがそのことがあってから、兼続は異常なほど過保護になり、具合が良くなった今も、慶次は兼続の屋敷に閉じこめられていた。
「なあ、兼続、もうそろそろ家に戻ってもいいだろ?」
慶次は兼続がもってきてくれた夕餉を取りながら、恐る恐る訊いた。
だが兼続は即座に、否定する。
「駄目だ。お前を一人にしたら心配でたまらん」
「大丈夫さ。自分で飯だって作れる」
「いや、そういうことを心配しているのではない。お前は、家に帰ったらすぐに身支度をして城下に遊びに出かけるつもりだろ?身体が全快していない内から、城下に行かれては困るのだ」
図星を突かれて、慶次はウッと詰まる。
兼続の言うように、ここから出たら慶次はすぐさま遊びに出かけるつもりであった。
「ほら、松風のことも心配だし、な?」
「松風なら屋敷の厩にいるから大丈夫だ。他の馬たちとも仲良くしているから、安心しろ」
「だけど俺が松風に会いたくてたまらないと思っているように、松風だって俺に会いたくてたまらないはずさ。だからちょっと会いに行くくらいなら、かまわないだろ?」
「私が松風にお前と会えない理由を説明しておいたから大丈夫だ。利口な馬だから分かってくれたぞ。それにお前を松風に会わせて見ろ。それっきり姿をくらまして、二、三日は戻って来ないことは解りきっている」
「───────!!」
ああ言えばこう言うで、慶次は言い返す言葉を失い、脳味噌が沸騰しそうになった。
慶次はもうとにかくここから出たいのだ。誰かと話しがしたい。自由に歩き回りたい。そういう鬱積した気分がたまっていた。
「じゃあ、せめて話し相手を連れてきてくれないか?兼続が日中いない間、書籍を読んで過ごしているが、書籍を読む楽しみと、誰かと話しをする楽しみは違うだろ?俺は話し相手が欲しい」
「話し相手なら、昨日連れて来てやっただろ?あの者では、話し相手にならなかったのか?」
「いや、話し相手にならなかった、ってわけじゃねえが」
慶次は口を尖らせながら言う。
兼続が連れてきた男は、慶次より四、五歳ほど若い、好感の持てる青年であった。
礼儀正しく、受け答えもきびきびしている。
だが問題なのは、この青年が慶次が質問したことにしか答えないことであった。
慶次の前で妙に畏まり、遠慮がちな物言いをする。
不思議に思った慶次が、なぜそれほど畏まるのか理由を訊いてみると、
「兼続様の特別なご友人である前田殿に、なれなれしくするのは慎んだ方が良いと思いまして」
という答えが返ってきた。
「特別なご友人」という言葉に、妙に引っかかりを感じた慶次がどういうことだ?と訊ねると、青年は真っ赤な顔をして
「兼続様と前田殿が契りを結んだことを知らぬ者は、この屋敷にはおりませんよ」
とはずかしそうに言った。
今度は慶次が赤面する番であった。慶次は兼続と契りを結んだわけでも、性交をしたわけでもなかった。 確かに肌は重ねたかもしれないが、挿入まではされていない。
だが屋敷の者には、そんなことまで解らない。
あの時、兼続に愛撫されて喘いでいた己の声が、響き渡っていたはずだ。
あの声を聞いたら、性交したと思われてもそりゃあ仕方がないよな、と慶次は思った。
その後、慶次と青年の間に気まずい雰囲気が漂い、結局慶次は半刻もしないうちに青年に下がってもらった。とてもじゃないが、話しをする気になどなれなかった。
慶次が兼続の屋敷から出たいと思うのも、この屋敷の者たちが慶次のことを、「兼続様の特別なご友人」として見ている、という息苦しさもあったからだ。
「とにかく俺は、兼続の屋敷の者以外の人間と話しがしたいんだ。・・・っと、そうだ!三成たちは何をしている?もし三成たちが暇を持て余しているようだったら、俺の話し相手になってくれないか、と訊いてみてくれ」
「三成なら、三日前にここを発った」
「えっ?もう発った?」
意外なことを聞いて、慶次は目を見開く。
三成が己に黙って帰国するとは思えなかったからだ。
三成にあのことがばれてしまったのかと思い、慶次はドキリとした。
「三成もお前に会ってから帰国したい、と言っていたのだが、三成をお前に会わせたら、左近とお前を会わせることになるだろ?だからお前の具合が良くないから、と言って遠慮してもらった」
その兼続の言葉を聞いて、三成にばれていなかったと慶次はホッと息をついた。
だが兼続がそれほどまでに、左近と己を会わせたくないと思っていることを知って、少々気が重くなった。まったく嫉妬深いにもほどがある。
第一、左近だって被害者のようなものだ。
いい加減あのことは水に流したらどうだ、と慶次は思う。
それに慶次は、左近が好きだ。
恋をしている、っていうのとは違うが、あの優しい目で見つめられたときから、気になる存在になっていた。
慶次がそんなことを考えていると、兼続がじっと慶次を見つめ
「まさか、左近のことを考えているんじゃないだろうな?」
といって来た。慶次はドキリとする。
(あんたの目は千里眼か!)
と叫びたくなったが、グッと耐える。
「左近といえば、何度もしつこく『慶次殿に一言挨拶してから帰りたい』と言ってきたから、私が断っておいてやったぞ」
「はぁ?俺は別に左近殿と会いたくない、などと一言も言った覚えはないぜ!」
「だが積極的に会いたいってほどではないだろう」
「そ、そりゃあ、絶対会わなければならない、ってわけじゃねえが・・・」
慶次はしどろもどろになって言う。
「私が断ったら、左近は『慶次殿にわたして欲しい』と言って、文を書いて寄越した」
兼続はそう言って、慶次に懐紙を手渡した。
「左近殿が文を」
慶次はやや驚きながら、文を受け取った。そしてこちらをじっと見つめ、文の内容が気になって仕方ないという風な表情をしている兼続に見えないように、小さく紙を開く。
とぶ鳥のこゑもきこえぬ山奥の
ふかき心を人は知らなん
俺は殿に一生付いて行くと心に決めましたが、
慶次殿だけは俺の心を覚えて置いて欲しい。
左近
慶次は見終わった後、急いで文を閉じて、懐にしまい込んだ。
こりゃあ、兼続には絶対に見せられない、と思ったからである。
「慶次、文には何と書いてあった?」
「い、いや、大したことじゃねえよ。怪我の具合はどうだ?・・・と、こんな感じの内容だ」
慶次はおろおろと狼狽しながら言う。
「本当か?・・・では、見せてみろ」
「そりゃあ、絶対だめだ!兼続は怒り出すに決まって・・・」
慶次はそこまで言いかけて真っ青になり、慌てて口を覆ったが無駄であった。
「私が怒る?それはますます気になるな。私に見せてみろ!」
「いや、だめだ!」
「あくまでそれを見せない、というなら私にも考えがある。三、四日中にお前を家に帰してやろうと思っていたが、十日に延長だな」
「そ、そんな!兼続、いくらなんでもそりゃあ酷えぜ!」
冗談じゃねえぜ!と慶次は叫ぶ。
「そんなに嫌なら、それを見せればすむことだ」
兼続はさらりと言う。
「絶対、見せられない!」
「そうか、ではお前にはあと十日ここに滞在してもらうことにしよう。その文を見るより、お前がここに長くいることの方が私は嬉しい」
兼続はそう言って、にっこり笑った。
慶次はその兼続の笑顔を見て、歯ぎしりをし、地団駄を踏んだ。
そしてこんな文を残して去っていった左近を、恨めしく思ったのであった。
2006.05.01 完