秘め事8
「慶次、どうなんだ?!お前は左近と関係をもったのか?!」
蒼白い顔をして目を見開いたまま、一言も発さない慶次に兼続は鋭い叱声を浴びせる。
慶次は言葉を発さないのではなく、衝撃のあまり発することができなかったのだが、兼続の目には慶次が黙秘をしているように見えた。それが兼続の神経をいっそう苛立たせた。
この時、兼続は左近への激しい嫉妬のあまり我を失っていた。
興奮して怒声を上げるなど、兼続自身、軽蔑している行為なのだが、今はその衝動を抑えることができなかった。
「慶次っ!」
兼続の声が割れた。慶次の身体がビクッと震える。
「ああ・・左近殿と関係を・・・もった」
やっとの思いで口にした慶次の声は、掠れている。
慶次がそう言った瞬間、兼続は目を見開いた。
(やはり、本当だった!)
激しい衝撃が押し寄せる。
『前田殿と島殿が、川原で戯れているところを目撃しました』
その報告を受けたときから、兼続はそれが本当であって欲しくないと願いながらも、最悪の事態を心の中で何度も反芻した。だが実際、慶次の口から聞いたときの衝撃は、想像を絶するものであった。
兼続はしばらく放心したように慶次を見つめた。
長い沈黙の果てに、兼続が言った。
「報告は本当だったのだな!」
激しく責めるような声であった。
そのくせ目にはなんとも言えないほどの悲傷を湛えていて、慶次は息が詰まる思いがした。
だが兼続が己に恋をしているなどと夢にも思っていない慶次には、自分と左近が同衾したことで、なぜここまで兼続が怒り哀しんでいるのか、理解できなかった。
左近と同衾したことを兼続に知られたとき、慶次はその衝撃で心が凍りつき、冷静にものを考えることができなかった。
だが徐々に衝撃から立ち直り、慶次に思考できる余裕が出てきた。
そして思案をめぐらすうちに、左近とのことで兼続が怒るのは筋違いのことのように思えてきた。 三成が怒り、己を激しく責めるのなら理解できる。
だが親友の兼続とはいえ、左近と三成そして己の問題に口を出せる道理などない。兼続が俺を怒るのはおかしいのではないだろうか?慶次はそう考えた。
次第に憤懣が生じてくる。
「ああ、俺は左近殿と肌を合わせた。だがそのことで、兼続からとやかく言われる謂われはないねえ!俺が誰と同衾しようが、兼続には関係がないじゃねえか!」
慶次はムッとした表情で言い放った。
だが次の瞬間、ヒィッと声を上げて凍りついた。
兼続が凄まじい形相で、鋭く刺すように慶次を睨み上げたからである。
慶次は兼続のこの刺すような視線が、とにかく苦手であった。
「お前は本気で、私には関係がないと言っているのか?!」
兼続はじろりと慶次を見た。
「ああ、そうだが・・・」
「そうか。ではお前は、真の大馬鹿者だな」
兼続は尚も慶次を見つめたまま、ずけりと言った。
「大馬鹿者って・・・なんでだよ!」
「お前は、人の機微を解する能力が度を越して欠如している。そのお前を大馬鹿者と呼んで何が悪い。大馬鹿者が不服なら、朴念仁、魯鈍とでも言って置こうか?」
兼続の辛辣極まりない言葉に、慶次は一瞬絶句する。
だが慶次も負けじと言い返した。
「そんな厭味を云わずもっとはっきり言ったらどうだ?一体何が言いたい?」
「そんなことを訊くようだから、お前は大馬鹿者と言われるのだ」
兼続はにべもなく言い放つ。
慶次は下を向いて、むっつり黙り込んだ。胡座を掻いた己の足を見つめる。
そして兼続は何を言おうとしているのか?と懸命に考えた。だが全く解らない。
(やっぱり俺は兼続に大馬鹿者と言われても仕方ないな)
そう慶次が思いはじめた頃、兼続がフッと笑った気配がした。
慶次は何事かと面を上げる。
「本当にお前は、大馬鹿者だな」
慶次と目が合ったとたん、兼続は微笑みながら言った。
先ほどとはうって変わった兼続の態度に、慶次は面を食らった。
だが兼続の次の言葉は、慶次をさらに驚かせるものであった。
「だが私はお前のそんなところも可愛らしく思い、愛おしく思っている」
「・・・・かっ・・・・可愛いって・・・・」
(何を言っているんだ、兼続は?!)
慶次はいきなりそんな事を言いだした兼続を、ドギマギと見つめる。
兼続もまた慶次の顔をじっと覗きこみながら、膝を進めグッと接近してきた。
あまりにも近くに兼続の顔があって、慶次はごくりと唾を飲んだ。
「私はお前に私の心を伝えようと、今まで何度もそれとなく仄めかして来た。だがお前は、私の想像を絶するほど鈍い男で、私はもうほとほと疲れた。お前が私の心に気づくまで待ち続けることは、もう出来ない。はっきり言う。私はお前を愛している。だからお前に『誰と同衾しようが関係ない』などとは言わせない!お前を愛している私には、大いに関係があるのだ!」
「か・・・・兼続?・・俺を愛してるって・・・」
慶次は驚愕のあまり呆然とした顔で、凝固する。
「ああ、私は慶次を愛している」
兼続は大真面目な顔で、きっぱりと言った。
「だ、だけどあんた、今までそんなこと一度だって・・・・」
言ったことがなかったじゃねえか!と言いかけてやめた。思い起こしてみれば、今まで兼続は何度も好意を伝えていたことに慶次は気づいたからである。
「私はお前という男に惚れている」「私はいつだってお前を想っている」「お前と私は特別な友人だ」 そう言った言葉の数々を兼続は何度も口にした。
慶次も「兼続に惚れた」「良い男だねえ」などと言ったことがある。
だがそれは友人の情を示したのであって、兼続に恋慕しているからではない。
自分がそうなのだから、兼続もまた己と同じなのだろう、と慶次はずっと思っていた。
さらに慶次が、兼続の恋仲の相手は三成だと信じていたことも、兼続の真意が解らなかった原因である。だが三成は左近と契りを交わす仲である。それが分かった今、兼続はずっと己に恋情を伝えていたことを認めざるを得ない。
「私は今まで何度も言って来ただろう?ようやくそれに気づいたか」
「あ、ああ・・・気づいた」
「では、話しは早い。お前だって、私のことは嫌いじゃなかろう?」
「ああ、俺は兼続が好きだ。だけどっ・・・・」
慶次がそう言いかけた時、兼続は慶次の唇に唇を重ねてきた。
あまりに唐突に接吻され、慶次は固まったまま動けなかった。
そうしている間にも、兼続の舌が慶次の口内にするりと進入してきて、慶次の舌を吸い上げやわやわと甘噛みしてくる。
慶次は不覚にも、接吻の快感に酔ってしまった。それほど兼続の接吻は上手かった。兼続の唇が慶次の唇を愛撫するように動き、いつしか慶次もそれに夢中になって応えていた。何度も角度を変えて、唇を吸い合い、舌を絡め合った。
「お前の接吻は、想像以上に素晴らしかった」
慶次の唇を解放した後、兼続は灰褐色の瞳を潤ませた。
「私の接吻だって、悪くなかっただろう?その証拠に、お前は夢中になって私の接吻に応えていたじゃないか」
兼続は故意に強気な言葉を言う。
慶次を手に入れるには強気に行かなければ駄目だ。
兼続の直感が、そう知らせていた。
この時兼続は、なんとしても慶次を手に入れる、と決意していた。慶次に恋仲の相手がいようと、好いた相手がいようと、そんなことは問題ではなかった。たとえ慶次にそんな相手がいたとしても、兼続は奪い取るつもりでいた。たとえ相手が左近であってもだ。
普段はしつこいほど「義」にこだわる兼続も、恋も前では盲目になってしまっていたのである。
「慶次、私の接吻、悪くなかっただろう?」
頬を桃色に染めてボーッと見つめている慶次に、兼続は尚も言い募る。
「ああ」
慶次は小さな声で言って、カッーと顔を赤く染めた。
「では私と左近の接吻、どっちが上手かった?」
「・・・・はあ?」
「私と左近の接吻を比較して、お前はどちらが上手いと思った?」
「どちらが・・・って・・・・」
言われても、左近殿とは・・・そういや、左近殿は一度も俺の唇には接吻しなかった。慶次はそのことを思い出した。
左近は慶次の身体の至るところに接吻をしたが、唇だけにはしなかった。
おそらく左近は、三成に対する呵責の念から唇にだけは接吻できなかったのかもしれない。
「俺は左近殿と、接吻はしていない」
「左近と接吻はしていない?」
「ああ」
「お前と左近は、交流をもったとたん意気投合し、恋に落ちて、肌を合わせたのではないのか?」
どうやら兼続の中では、そういう筋書きになっているらしい。
では兼続は、左近殿と三成の関係をまだ知らないのか?と慶次は思った。
「左近殿と意気投合し、肌を合わせたという所はあっているが、恋に落ちてはいない」
もっと正しく言うなら、左近の方は己に恋に落ちてしまったが、それを言うと面倒なことになりそうだと思った慶次は、省略して言う。
「ではお前と左近は、好きあってもいないのに肌を合わせた、ということか?!何という不埒千万!」
兼続にもの凄い怒声を浴びせられ、慶次は思わず耳を塞ぐ。
「お前は誰彼なく、性欲を満たすために肌を合わせる。そういう男なのか!」
「いや、そうじゃねえよ!」
慶次もさすがにこれにはムキになって、腰を浮かす。
「ほう!ならばなぜ左近と同衾した?理由を言ってみろ」
一瞬の間を置いて、慶次は口を開いた。
「実はなあ、景勝公に賜った酒を左近殿と飲んだのだが、そこに薬か何かが仕込まれてたみてえで、それを飲んだとたんどうにも抑制しがたい性欲が込みあげてきてな。それで、つい左近殿と肌を合わせちまったんだ」
「景勝様の酒」
兼続は言いながら、数週間前に、己も景勝から酒をもらったことを思い出していた。
その時、景勝は何度か
「この酒は友人と一緒に飲め、例えば慶次なんかどうだ?」
と言って、妙にこだわっていた。
(ああ、そうか!)
兼続は閃いた。景勝は己の恋を叶えようとしている。兼続にはそれが分かった。
しかし景勝のやり方は、少々汚い。いくら自分の恋を叶えるためでやったことでも、酒に薬を仕込むなどやってはいけないことだ。己のことを気に掛けてくれる景勝の好意は嬉しいが、これは一度進言せねばな、と兼続は思った。
(それにしても景勝様が良かれと思ってしたことが、己に不幸を招く元凶になるとは・・・)
「なんとも皮肉なことだな」
兼続はぽつりと呟いた。
慶次は意味が分からず「えっ?」と返す。
「いや、何でもない。・・・それより、お前の説明するところによれば、お前はその薬に操られて左近と肌を重ねた。お前は左近に恋慕しているわけでも、左近と恋仲というわけでもない、ということだな。そう信じていいんだな」
「あ、ああ」
兼続の妙な気迫に押されながら、慶次は答える。
「ならばお前と私が恋仲になるのに、何の支障もないわけだ」
「え?・・・いや、恋仲って・・・そりゃあ、ちょっと展開がはやすぎるんじゃ」
「何がはやいことがある?全くはやくなかろう。私はお前を愛している。そしてお前も私を好いている。私たちはすでに恋仲になったも同然ではないか!」
兼続はそう言って、ずんずんと慶次に迫ってくる。
「恋仲になったも同然って!・・・・俺は兼続が好きだが、それは兼続を親友として好きなのであって・・・それに俺には・・・っ!えっ、ちょっと、兼続!待った!!」
慶次は真っ青になって慌てふためいたが、もう遅かった。
倒れかかった己の身体の上に身を乗り上げて来た兼続に、袴の上から股間をギュッと握られてしまっていた。慶次はギョッとなって逃げようとしたが、後ろには壁が立ちはだかり完全に逃げ場を失った。
「お前のここはずいぶんと立派なのだな。想像していた以上に大きいぞ」
「えっ?!想像って・・・あんたそんなことを想像していたのかっ!って、いや・・・そんなことより、手を離してくれ!頼む!手を、手を・・・!」
「いや、それはお前の頼みでも聞けない」
兼続はあっさり否定して、慶次の股間を柔らかく揉み始めた。
「んっ・・・ふっ・・・・あぁ」
兼続に股間を揉まれ、慶次の下半身はジーンと快感で痺れてきた。
袴の上から揉まれているというのに、信じられないほど敏感に反応してしまう己の身体を、慶次は恨めしく思った。
慶次が身体の奥から込みあげてくる快感と必死に戦っていると、不意に左側の乳首に濡れた感触がして、ハッとなった。いつのまにか兼続は、己の小袖を大きくはだけさせ、むき出しになった乳首に吸い付いていた。
「か、兼続っ・・・・あぁっ!」
慶次は抗議の声を上げようとしたが、出てきたのは悦楽の声であった。
兼続は慶次の小さな突起を舌で舐め転がし、慶次の弱い部分を確実に突いてきた。接吻をしたときに気がついていたが、兼続は妙に舌技が上手いのだ。とろけるような快美感が背筋を走り、慶次はもうたまらないというように首を左右に振った。