我無限愛君4

 慶次が寝室から出て行ったあと、兼続はしばらくの間、茫然自失していた。その兼続を我に返らせたのは、居間の方から聞こえてきた孫市の声であった。
 孫市が屋敷に上がり込んでいることを知り、腸が煮えくりかえる思いがした。
 兼続は何度も深く息を吸って心を静めた。嫉妬に狂う自分を見せては、かえって孫市をつけ上がらせるだけだと思ったからだ。
(過去がどうであれ、慶次は今、私のもとにいるのだ。勝利者は私だ!)
 心の中で言い聞かせ、兼続は自分を奮い立たせた。
 居間の前で再度深呼吸をし、襖を開けた。
 振り返って笑いかけてきた慶次を見て、少し心が和むも、すぐに鋭い殺気を感じてハッと顔を上げた。視線の先に孫市がいた。友好的な笑顔を見せていたが、目は明らかに笑っていなかった。
(あんたはこの部屋から出て行け)
 孫市が、目でそう威嚇しているのが分かった。だが、兼続は構わず慶次の隣に腰を下ろした。
(お前などに慶次を渡しはしない)
 兼続も、負けじと孫市を睨み返す。
 慶次を巡り、二人の男の間で無言の戦いが繰り広げられていることに、当の慶次は全く気づいておらず、にこにこと兼続と孫市に笑顔を向けた。
「こうして皆で顔を会わせるのは、久しぶりだねえ。ここに幸村も政宗もいたら、もっと良かったんだが・・・。でも孫市が来てくれただけで嬉しいぜ」
 孫市は熱意を込めた意味深な視線で、慶次を見つめた。
「俺も慶次に会えて嬉しいぜ。どれほどお前に会いたいと思っていたか。しばらく会わない間に、また綺麗になった」 
(なんという不貞不貞しい奴だ)
 現在の慶次の恋人である自分の前で、明らかに慶次に色目を使い、口説いている孫市の図々しさが、兼続の逆鱗に触れた。怒りのあまり、頭の血管がぶち切れるかと思った。
 慶次の前で度量の大きい男を演じようとする配慮も、孫市の色目の前に吹き飛んでしまい、何が何でも、現在の慶次の恋人が自分であることを誇示したくてたまらなくなった。
「慶次が美しくなるのは当然だ。私が全身全霊を込めて、慶次を愛しているのだからな。充実した性生活を送っている女人は、美しくなる。それと同じ道理だ」
 対抗意識満々の兼続は、孫市に向かって言い放った。もちろんこの言葉には、慶次は以前より美しくなったのだから、お前よりも私の方が慶次を性的に満足させているということだろう、という嫌みも含まれている。
「ちょっと・・・兼続」
 慶次は真っ赤な顔で絶句し、孫市は呆気にとられたように兼続を見た。おそらく孫市は、ここまであからさまに喧嘩を売られるような言葉を言われるとは思っていなかったのであろう。悔しさを滲ませ睨んできた孫市を見て、兼続は溜飲が下った思いがした。
(ふん、私の勝ちだな)
 兼続はほくそ笑んだ。
 慶次は、兼続と孫市の間に流れている不穏な空気を察し、慌てて話題を変えた。
「そういやあ、今日、町をぶらぶらしているときに、美味そうな菓子屋を見つけてよ。大福を買っておいたんだった。茶でも飲みながら皆で食おうじゃないか。──それとも、甘いものより酒のほうがいいかねえ?」
 慶次は気を遣って、二人を交互に見た。
「俺は大福がいい」
「私は茶が飲みたい」
 孫市と兼続は同時に言い、それから顔を見合わせたあと、フンッと背けた。
(二人を会わせたのは不味かったかねえ・・・)
 今更ながら、現在の恋人と過去の恋人を会わせたことは良くなかったと思い始めていた慶次であったが、会わせてしまった以上仕方がないと、小さく息を吐き、茶の準備をするために立ち上がった。
 台所に控えていた十兵衛に、先に茶道具と大福を出しておくように言い、水を入れた鉄瓶を持って慶次は居間に戻った。少し座を外している間に、二人の間の空気は、また一段と険悪なものになっていた。
「こういう寒い日は、やっぱり温かいものが飲みたくなるよねえ」
 慶次は努めて明るくいい、炉の上に鉄瓶を置いた。湯が沸くまでの間をもどかしく感じながら、間を持たせるために慶次は会話を続けた。
「そういやあ、政宗はどうしてる? 孫市が江戸にいるってことは、政宗も来ているんだろ?」
「ああ、あいつも今日、江戸城に行った。江戸城でこいつに会ったって、政宗は言っていたが、慶次はこいつから何も聞いていなかったのか?」
 孫市は兼続を見て、わざとらしく鷹揚に言った。
「政宗に会ったのかい?」
 慶次は、なぜ兼続はそれを自分に話さなかったのかと訝しく思いながら、兼続に尋ねた。しかし、すぐに、屋敷に帰ってきてから兼続がずっと不機嫌であったことを思い出し、
(ははぁ、そうか。江戸城で政宗と何かあったんだな・・・)
 兼続が話さなかった理由を察した。
「・・・俺がここに来たのは、お前を伊達屋敷に連れてくるよう、政宗に頼まれたからさ。もちろん、お前に会いたかったから、その頼みを聞いたんだけど」
 孫市がそう言うと、兼続は声を張り上げた。
「政宗の屋敷など行ってやる必要はない。用があるのは政宗のほうなのだから、そもそも慶次を屋敷に呼びつけるのはおかしい。慶次は政宗の家臣でも何でもないのだからな」
「まあまあ、兼続」
 兼続の怒りをなだめるために、慶次は兼続の肩に手を置いた。
「どっちがどっちの屋敷に行こうと、大した問題じゃねえ。・・・政宗の屋敷に行くのは構わねえぜ。何の用があるのか気になるしなぁ」
「どうせ下らないことであろう」
 用があるというのは口実で、とにかく政宗は慶次に会いたいだけなのだ、と政宗の下心に気づいている兼続は一刀両断した。
 表情をますます硬くした兼続を見て、どうなだめても、今夜の兼続の機嫌は直りそうにない、と慶次は諦めのため息を吐いた。同衾を途中で遮った上、以前の恋人と顔を付き合わせるはめになった兼続の状況を考えれば、機嫌が悪くなるのも無理はないと思うし、慶次も配慮が足りなかったと反省している。しかし、孫市も政宗も慶次にとっては大切な友。兼続の機嫌ばかりを伺って、二人を蔑ろにはしたくなかった。
「五日後でいいなら、政宗の屋敷へ行くぜ」
「慶次」
 兼続は不満げに声を上げたが、慶次は構わず言った。
「どうだい?」
「そうだな・・・政宗にはなるべく早く慶次を連れてくるように言われているから、できたら明日が良いんだけどな」
 孫市は慶次と兼続をチラチラ見ながら、わざと困ったような表情をした。じっさいは、それほど早くなくても構わないのであろうが、慶次が政宗を訪ねられない理由が気になって仕方ない孫市は、何とか理由を聞き出したいと思った。
「悪いが、孫市。明日は無理だ」
 慶次は済まなそうに言って、兼続を見た。
「兼続との約束があるんでね」
「慶次、それ以上言う必要はないぞ」
 せっかくの慶次との旅行まで孫市と政宗に台無しにされては適わない、と兼続は釘をさした。二人に対し警戒心の薄い慶次は、放っておいたら鎌倉に行こうとしていることまで話してしまいかねない。
 案の定、慶次は不服そうな顔をした。楽しみにしていることなのだから、話したっていいじゃないか、という気持ちが、少し「へ」の字になった口元に現れている。それを話したら、二人旅が確実に四人旅になってしまうことを、慶次は考えていないのだ。
(孫市と政宗が同行する旅なんて、絶対に御免だ)
 そう思った兼続は、さらに眼で慶次を制した。
 二人のやりとりを見ていた孫市は、兼続が過度に慶次を束縛しているように見えて、不愉快な気分にさせられた。しかし、あくまで秘密にしようとする兼続の態度で、大方、慶次と二人でどこかへ行こうとでもしているのだろうと気づいた。誰にも慶次との時間を邪魔されたくない、という兼続の心境はよく分かる。かつての自分も、慶次と二人きりの時間を作るために必死だったからだ。
 とはいえ、さきほどからの兼続の挑戦的な態度に腹を立てている孫市は、慶次と二人きりの楽しい旅など兼続にさせてやるつもりなどさらさらなかった。
「慶次がすぐに屋敷に来られないことは分かった。政宗にはそう伝えておく」
 と答えたが、頭の中ではあれこれ兼続を邪魔する方法をめぐらせていた。
 結局、その夜は慶次に茶と大福をご馳走になり、孫市は大人しく帰ることにした。


 翌朝、早めに朝食を取った慶次と兼続は、十兵衛が用意してくれた握り飯を持って、浅草に向けて出発した。午前中は浅草で過ごし、昼食を取った後、鎌倉に向かう予定であった。
 慶次と孫市を会わせないため、という本来の旅行の目的は失われてしまったが、慶次が楽しみにしていることを取り止めたくはなかった。それに兼続自身もウキウキしている。
 たったひとつ気にかかるのは、孫市と政宗のこと。兼続は、孫市と政宗が待ち伏せしてやしないかと警戒し、馬上からときおり周囲を見渡した。そんな兼続の心配をよそに、兼続と出かけられることが嬉しくて仕方ない慶次は、にこにこしながら松風の背に揺られている。
 ただでさえ豪奢で人目を惹く慶次が、機嫌良く笑っているものだから、道を通る人たちは皆、立ち止まって慶次を見た。わざわざ全速力で追いかけてきて、何度も慶次を見に来る不躾な者までいる。京では、知らぬ者はいないほどの有名人であった慶次は、どうやらこの江戸でも評判になりそうであった。
 いよいよ浅草寺に近づくと、さらに慶次は注目を浴びることとなった。
 話題の浅草寺は、ただでさえ好奇心旺盛な人々が集まる場所。そこに見事な巨馬に跨った華やかな男が現れたら、人々が放って置くはずがない。たちまち慶次の周りには人だかりができてしまった。
 貴賤の上下関係なく、様々な人々でごった返しているこの町の雰囲気が気に入った慶次は、松風から降りて、人々の前で傀儡子舞を始めた。慶次にとっては、人が集まる場所が、即、舞台なのだ。
 まるで操り人形の動きを思わせる、風変わりな舞は、兼続が初めて見るものであった。大胆に跳躍し、独特の足使いをする。並の運動神経では決してできない舞だ。
 慶次の周りを埋め尽くした観衆達は、慶次の動きに合わせ手拍子を打ち、やんやの大騒ぎ。その熱狂的な空気に飲まれた兼続は、いつしか孫市と政宗のことを忘れ、人々と一緒に観客になりきり、手拍子を打って慶次の舞を楽しんでいた。
 舞に惹かれ、ぞっこん慶次に惚れ込んだ人々は、浅草寺の見物をしているときも後を付いてきて、兼続を困惑させた。一人、二人なら問題ないが、数十人もの人々が、慶次と自分を取り囲むようにして、どこに行くにも付いてくるのだ。
 彼らに昼飯までご馳走になり、結局、解放されたのは、鎌倉に向けて浅草寺を発ってからであった。

 慶次と兼続は、東海道を西に向かって進んでいた。
 とくに急がなければならない旅でもないので、松風を小走りで走らせている。兼続の馬にとっては、それが長距離を走らせても負担のかからないちょうど良い速度であった。
「・・・しかし、お前といると本当に退屈する暇もないな」
 浅草寺でのことを思い出し、兼続は笑った。慶次といると、自分だけでは絶対に味わえないような体験ができる。それが素晴らしく面白かった。
「俺は元来、賑やかなところが好きだからねえ。ああいう場所にいると、じっとしていられなくなっちまって、いつの間にか、大勢の知り合いができちまっているのさ」
 楽しかったひとときのことを話しながら、品川から川崎を抜け、武蔵国と相模国の国境に近づいた。そのとき、慶次は自分たちの後を追っている何者かの気配を感じた。
 殺気はないところから、害にならないだろうと思ったが、妙に松風が気にしているので、無視できなかった。
「兼続、その林道に入ってくれ。少しの間、隠れるぜ」
 速度を落として兼続に近づき、慶次は街道の脇を北西に向かって走っている小道を指さした。
「何があった」
「俺たちの後をつけている奴がいる。正体を突きとめてやろうと思ってよ」
 兼続は嫌な予感がした。すでに国境にさしかかり、孫市も政宗もついてこなかった、と安心しきっていたところであったが、急に心配になった。
「もしかしたら、政宗たちがついて来ているのかも知れない。林道に入るより、先を急ごう。全速で走れば逃げ切れるかもしれない」
「なんだって?!」
 すぐに全速力で駆け始めた兼続の馬を、慶次は追った。すぐに追いついた慶次は、兼続の脇に来て、馬上から叫んだ。
「ついてきている奴が政宗なら、なぜ逃げる必要がある? それに松風ならともかく、兼続の馬では政宗の馬に追いつかれちまうぜ」
 慶次に言われて、兼続はハッとなった。今更ながら、政宗の汗血馬は並の馬では到底適わないほどの俊足であったのを思い出したからである。
 案の定、遠くのほうで微かに聞こえていた馬蹄の音が、急速に近づいて来ているのが分かった。慶次たちが速度を上げ、逃げていることに気づいた政宗が、汗血馬を全速力で走らせているのだろう。小さな豆粒程度にしか見えなかった汗血馬がどんどん近づいてきて、ついに兼続の馬のすぐ後ろまで迫ってきた。
 政宗の後ろを走っていた孫市も、かなり遅れて姿を現した。
(兼続が言うように、やっぱり政宗たちだったか)
 政宗と孫市の姿を確認した慶次は、松風を止めた。逃げるのも馬鹿らしいと思ったからである。
 慶次が止まってしまえば、兼続も諦めるしかない。仕方なく慶次に従った。
「よお、政宗。相変わらず、元気がいいねえ! 五日後に屋敷に行くと孫市に言ったはずなんだが、あんたから来てくれたのかい」
 兼続を睨んでいた政宗が、こちらに視線を向けたのを見て、慶次は声をかけた。政宗はしばらく感に堪えたような表情で慶次を見ていたが、間もなく言った。
「貴様は、少し痩せたのではないか?」
 政宗らしくもない、気遣うような口調に、慶次は笑ってしまった。
「そうかねえ・・・?」
「ああ、間違いない。以前会ったときより、貴様は痩せたぞ。──どこの誰とは言わぬが、貴様に苦労をさせている男のせいでな!」
 政宗はそう言うと、兼続を鋭い目で睨んだ。視線をまともに浴びた兼続は、怒りで肩を震わせた。
「何が言いたい。私が慶次を不幸にしている、とでも言いたいのか?」
「ああ、そうじゃ。貴様は慶次に何石の扶持を与えているのかは知らぬが、慶次の価値に十分見合うものを与えているとは思えぬ。大方、十分な白い飯さえ食わせていないのであろう?」
 それを言われると、兼続はぐうの音も出ない。
 慶次への扶持は1000石と上杉家の家臣帳簿には記載してあるが、じっさい兼続が分け与えられる扶持は、その4分の1程度。兼続自身の所領は、財政難に苦しむ上杉家にほとんど返上してしまたため、大幅に収入が減り、家臣に給金を与えるとほとんど残らない。250石足らずが、今、兼続が慶次に与えられる精一杯のものだった。
 唇を噛んだまま、政宗に反論できなくなった兼続の代わりに、慶次は答えた。
「俺ぁ、十分幸せだぜ。石高で上杉に仕官したわけじゃねえし、自分と松風が食えて、ときどき好きな書籍が買えれば満足だ。飯だって・・・まぁ、玄米だが十分食ってる。むしろ玄米を食いだしてからのほうが、腸の調子が良いくらいだ」
 はははと笑って、お腹をぽんと叩いた。
「何という傾奇者らしくない、粗末な生活を送っているのじゃ! 慶次、衣装はどうしておるのじゃ、衣装は?!」
 政宗は興奮気味に吠えた。
「んー、そういやぁ、上杉に仕官してから、新しいものは買ってないねえ」
 慶次はこともなげに言ったが、政宗も孫市も驚愕した。
「何じゃと!」
「何だって!」
 傾奇者が流行の衣装を買わなくて、どうするのか。平安時代には栄華を極めた公家も、この頃では、酒も満足に購えぬほどに落ちぶれ、中には腐った酒を飲んでいる者さえいると聞く。政宗と孫市は、それに近い哀愁を慶次に感じた。
「よし、わしは決めた! 聖バレンティンの日には慶次に傾いた衣装を贈る!」
 政宗はぽんと掌を打って叫び、拳を頭上に振り上げた。
「俺も政宗に便乗して、慶次に似合う衣装に決めるか。南蛮のもの慶次には似合いそうだよな」
 孫市はニヤニヤと笑い、南蛮風の衣装を着ている慶次の姿を想像して悦に入った。
 突然わけの分からないことを言って、興奮し始めた政宗と孫市を見て、慶次はキョトンした。
「何だい。その、せい・・・何とかの日って言うのは?」
「聖バレンティンじゃ。バテレンには聖バレンティンと呼ばれている愛の守護聖人がおって、南蛮ではこの聖人の命日を聖バレンティンの日と定め、好きな者同士で贈り物をしあう風習があるそうじゃ。・・・細かいことは気にせず、慶次は黙ってわしからの贈り物を受け取れば、それでよい」
「そうそう。あとは御利益があるのを祈るのみ、ってやつだな」
 孫市と政宗は顔を見合わせ、ニヤニヤ笑い合った。
 二人がともに望んでいることは、慶次の伊達家への仕官。最終的には慶次をものにしたいという下心もあったが、まずは慶次を上杉から伊達へ引き込むのが最重要。そのためには南蛮の神様であろうが、力を借りたい気持ちであった。
「ところで政宗は俺に用があったんじゃなかったのかい?」
 ふと思い出した慶次は、相変わらず上機嫌の政宗に訊ねた。
「それならもう済んだ。わしが聞きたかったのは、貴様が今、何を欲しいと思っているかということであったが、何はさておき、貴様には新しい傾いた衣装が必要だということが分かったからな。 ・・・それより、貴様たちはどこへ行くつもりであった。わしと孫市もついて行くぞ。否とは言わせぬ!」
 慶次の扶持のことを政宗に指摘されて以来、兼続が元気をなくしてしまったのをいいことに、政宗と孫市は強引に鎌倉まで付いてきてしまった。その上、 
「わしは寺になど宿泊したくない!」
 と言いだした政宗のせいで、宿泊地も変更。結局、温泉のある豪華な宿屋に泊まることとなった。費用はもちろん政宗持ち。
 慶次は、口数の少なくなった兼続を心配して、
「俺は、兼続と景勝公のところにいられて幸せなんだ。政宗に言われたことなど、気にする必要はねえぜ」
 と言ったが、兼続は気にせずにはいられなかった。
 それに加え、政宗が言っていた『愛の守護聖人』の日というのも、気にかかっている。いつなのかは知らないが、政宗と孫市がその日に、慶次に贈り物をしようとしている以上、恋人である自分が何もせぬままでは気持ちが収まらなかった。
 慶次に贅沢をさせられるという点では、政宗には絶対に適わない。だが、慶次を大切に思い、愛する気持ちは誰にもまけない、と兼続は自負している。慶次への愛の証として、その『愛の守護聖人』の日に慶次のために何かをしたい、と兼続は思っていた。