秘め事5

 左近は慶次の身悶える姿に興奮し、いても立ってもいられなくなった。
 苦しげに息を荒げている慶次の背後にそっと近づき、がばっと抱きつく。
 左近が抱きついた瞬間、慶次はぶるっと身体を震わせ、ハッとしたように振り返り、濡れた瞳で左近を見つめた。
(こりゃあ、ぞっとするような色香じゃないか!)
 慶次の濡れた瞳に見つめられただけで、左近の腰はジーンと疼いた。
「左近殿、だめだ!お願いだ、離れてくれ!!離れてくれないと、俺は・・・」  話している間にも、射精欲が波のように押し寄せてきて、慶次はうっと言葉をつまらせた。そして左近から逃れようと、懸命に身をよじる。
 最初は射精欲しか感じなかった慶次だが、今は身体の奥が淫猥に燃え立ち始めているのを意識していた。その所為で少し身体に触れられただけでも、強い陶酔感が身内から込みあげてくるのである。
「離れてくれないと、どうなるって云うんです?」
 左近は、身をよじり己の腕から逃れようとする慶次の身体を逃すまいと、いっそう強く慶次を抱きしめた。
 汗ばんで桃色に蒸気した顔で、苦しそうに訴えてくる慶次の姿は、なんとも言えないほどの嗜虐心をそそった。左近は、淫らな言葉を慶次の口から云わせて見たくて、わざと意地の悪いことを言う。
「もっとはっきり言ってくれないと、俺にはわからないな」
「俺はもう・・・駄目になっちまう。だから・・・だから・・・」
「ほう!駄目になるってのは、どういうことですかねえ?」
「左近殿は・・・意地が悪いっ!」
 慶次は顔を歪め、声を慄わせて叫んだ。そして嫌々するように、左右に首を振る。
 左近はその慶次の仕草に、酷く欲情した。口の中に唾液がじわっと溢れてくる。
 左近はこれほど強い性欲を、未だかつて誰かに抱いたことはなかった。
 左近の中心は褌の中でグググッと立ち上がり、布で締め付けられたそこは痛みを感じるほど大きくなった。今すぐ慶次の中に押し入りたくてたまらなくなる。
「慶次殿、俺はもう我慢できない」
 左近はうわずった声でそう言うと、ねっとりとした視線で慶次の股間を見つめ、慶次のそこに手を伸ばし掌でそっと覆った。慶次の股間はすでに大きく膨らみ、袴の上から掌で覆っただけでも十分な質量を感じさせた。
 左近が掌で覆った瞬間、慶次は「うっ!」とうめき声を上げ、身体を戦慄かせる。
 だがもう限界に来ているのか、先ほどまでのような激しい抵抗を見せない。左近が掌で覆っていた股間をわやわやと軽く揉むと、慶次は
「はぁ、あぁ・・・・」
 と艶のある声を洩らした。その声を聞いた左近は、無我夢中で慶次を草むらに押し倒し、袴を脱がせ始めた。
 だが酷く興奮している上、慶次のような己より大きい身体をした男を抱いた経験がない左近は、手際よく袴を脱がすことができない。 「自分で脱ぐ」
 ついに焦れた慶次は、息をつきながら言った。
 慶次ももう我慢できないほど、身体が燃え上がってしまっている。早く熱を解放したくて堪らなかった。
 慶次が袴を脱ぎ捨て、褌を解き始めるのを横目で見ながら、左近もまた己の袴を脱ぎ始めた。
 やがて下半身を露わにして、草むらに横わった慶次を見て、左近はゴクリと唾を飲んだ。
 上半身は小袖を羽織り、下半身だけ露わにした姿は、いかにも性交するためだけに脱いだという感じがして、全裸よりもずっと卑猥に見えた。そしてその慶次の姿は、左近の想像を凌駕するほど美しいものだった。野獣よけのために燃やしている火の光りが慶次を照らし、肌が金色を帯びた橙色に輝いている。慶次の髪も燃え上がるように輝き、それはまるで幻想の世界でも見ているかのような光景であった。
「左近殿・・?」
 身じろぎもせず、じっと自分の姿を凝視している左近を訝しく思った慶次が声を掛ける。
 慶次の声に反応し、左近はビクッと身体を震わせた。
「やる気が・・失せちまった・・のかい?」
「まさか!やる気が失せるどころか、慶次殿の裸体を見て、ますますやる気満々になっちまった。慶次殿があまりに美しいんでね。感動してしまった」
 左近はそう言いながら、慶次の脚の間へ滑らせるように身体を入れる。
 そして慶次の脚を両肩に抱え上げるように載せると、慶次のそそり勃った肉にしゃぶりついた。
「ああぁ・・・・!」
 慶次は、左近の唇と舌が前触れもなく自分の最も敏感な箇所に触れてきたのに気づくと、悲鳴のような叫び声をあげ、身体をぶるぶると震わせた。もうそれだけで達してしまいそうである。
「あぁ・・あぁ・・・いい・・・っ!」
 悲鳴を上げ身悶える慶次の両脚を押さえ込みながら、左近は唇と舌で絞るように吸い上げ、夢中になって慶次のそこを愛撫した。
 左近がこれほど熱心に愛撫するのは、慶次の気を痛みから逸らせるためであった。男同士の性交は、受け入れる側に大きな負担がかかる。特に未通(バージン)の場合は、その苦痛はより激しいものとなる。初めて三成が自分を受け入れるとき、激痛のあまり泣いて嫌がった時のことを、左近は今も鮮烈に覚えていた。
(殿よりも身体がずっと大きく、苦痛にも強そうな慶次殿だから、あそこまで酷くは痛がらないかもしれないが、やっぱり相当苦しませてしまうだろう)
 左近はそう思ったが、慶次との性交を止めるつもりは全くなかった。
 左近は、自分の唾液と慶次の先走りの液で、すでにぐっちょりと濡れている慶次の陰毛に指を絡め、まんべんなく濡らした。十分に指が濡れたことを確認すると、そっと慶次の蕾の表面をさすった。触れた瞬間、慶次は激しく身体を震わせた。この時左近は、慶次は嫌悪を感じたのかもしれないと危惧した。だが慶次の中に入りたいという激しい欲求を、もう抑えることは出来そうになかった。再度、慶次の先走りの液をたっぷり指につけて、慶次の蕾にあてがい、内部を傷つけないように、慎重に指を沈ませて行く。
「はぁ、あぁ・・・あぁ」
 左近の指が慶次の内部に入って行くと、慶次は甘い吐息を洩らしながら、身をよじった。
 ──えっ?!
 左近は驚愕して、慶次への愛撫を止める。
 慶次の口から洩れたのは、苦痛のうめき声ではなく、悦楽の声だったからである。
 左近が尚も深く入れると、慶次は痛がるどころかまるで歓喜しているような声をあげ、左近の指をくわえ込んだ。慶次の内壁が左近の指に絡みつくようにして、ぎゅっと締め付けている。
(慶次殿は未通じゃない!こりゃあ、ぶったまげた!)
 慶次のような男を抱こうとするつわものはそうそういるわけがない、と思い込んでいた左近にとって、それは天地がひっくりかえるような驚きであった。それも慶次の具合から言って、一度や二度などという程度ではなく、何度も経験しているように思えた。
 そう思った瞬間、左近は沸々と嫉妬心が湧き起こってきた。
   左近の脳裏に景勝の姿が浮かんだが、すぐにそれを否定する。もし慶次の同衾の相手が景勝ならば、景勝が慶次と兼続を結ばせようとするわけがないからである。
 では、相手は誰だ?どんな男だ?と左近は考える。だがそれは長くは続かなかった。
 慶次が、愛撫を止めてしまった左近を咎めるような視線で見上げてきたからである。
 その慶次の濡れたような瞳は、左近の股間を直撃した。
 それほど蠱惑的な視線であった。
 左近は慶次の中心を再び口に頬張り、舌で舐めながら、指で蕾の内部を愛撫した。
 股間の肉と内部を同時に責められて、慶次はぶるぶると激しく身悶えすすり泣くような声をあげた。
 慶次にそんな淫らな姿を見せつけられた左近は、激しい飢餓感に襲われた。慶次の中に入りたくて堪らない。
 まだ十分な愛撫を施していないため、早すぎると思ったが、もう待てなかった。
「慶次殿、入れていいか。俺はもう我慢できない・・・」
 左近は掠れた声で言って、蕾の中を愛撫していた指を引き抜いた
。  そして、慶次の返事を待たずに己の肉の先を蕾にあてがい、一気に貫いた。
「あっ・・・あああぁぁぁぁぁ・・!」
 左近が貫いた瞬間、慶次は苦痛とも快楽ともつかない悲鳴を上げ、がくがくと身体を震わせた。
「あぁ・・・左近殿っ!やめてくれ・・・ひさしぶりだから痛いんだ」
 左近が腰を前後に強く動かし始めると、慶次がせっぱつまった声で訴えてきた。
 だが左近はもう止めることができなかった。
 慶次の内部は得も言われぬほど素晴らしく、柔らかな肉が吸い付くようにして己の肉を締め付けてくる感触は、絶品であった。左近は激しい快美感に襲われ、恍惚となった。
「慶次殿・・・っ!すまない、止められそうにないっ」
 左近はそう謝りながら、無我夢中で慶次の肉体を貪った。


 突き刺さるような日の光りが顔に当たっているのを感じて、左近は目を覚ました。
 薄目を開けて空を見ると、太陽がもうずいぶんと高い位置にあるのが分かった。
 ふと目線を下に向けると、自分の胸に顔を埋めている慶次の金色の頭が見えて、左近はふっと微笑んだ。熱い思いが込みあげてくる。慶次の髪を一房握り、指で撫でた。髪からは草と土の匂いに混じって、ほのかに慶次の匂いがした。その香りをかいだ瞬間、左近は甘い痛みを感じた。
「どうやら俺は、慶次殿に惚れちまったようだ」
 左近は小さな声で呟いた。
「淫靡薬から始まる愛・・・なんて、すげえ馬鹿みたいだよな。だけど惚れちまったものはしょうがない」
 左近は尚も呟いて、一夜の情交に思いを馳せる。
 最初は苦しげな表情で左近を受け入れていた慶次であったが、しだいに身体が慣れてきて、最後には左近の上に跨り積極的に身体を上下させるようになった。
 慶次が官能的に腰を動かし、艶めいた声を洩らしながら快感に身悶える姿は、喩えようもなく美しかった。左近が慶次の中心の肉をさすりながら、乳首をいじってやると、すべてをかなぐりすてたように身体を振るわせ、髪を激しくゆすり、悲鳴のような声をあげながら絶頂に達した。達した瞬間の慶次の姿を思い出すだけで、左近の腰はジーンと熱く痺れた。
「あの時の慶次殿、本当に綺麗だった。あんな姿を見せられたら、大抵の奴はコロッといっちまうんじゃないか」
 左近はささやくような声で言って、慶次の身体を抱きしめた。
 慶次を抱きしめていると、
「もう・・・朝なのかい・・?」
 と訊ねる慶次のくぐもった声が聞こえてきた。左近はかなり強く慶次の身体を抱いていたようで、息苦しさを感じた慶次が目を覚ましてしまったのである。
「いや、朝というよりもう昼といった方がいい時間だ」
 しまった、と思いながら、左近は答えた。
 もう少しだけ抱きしめていたかったと思う。名残惜しく思いながら、腕の力を弛めた。
 慶次は左近の腕の中で身じろぎをして「・・・昼?」と呟き、左近の顔を見上げてきた。
 頭が完全に覚醒していないのか、寝惚け眼でポーッと左近の顔を見ている慶次の表情は、馬鹿に子供じみて見えた。その姿が左近の目に、可愛いものとして映る。
 そしてそう見えてしまう自分は、相当慶次にイカレてしまっているのだろうな、などと考えた。
「なあ、川で身体を洗わないか?」
 これ以上慶次の顔を見ていたら、自分の理性が保てなくなる気がして左近は慌てて言った。
 左近はもう一度、慶次を抱きたくて堪らなかった。
 だが再び慶次を抱いてしまったら、もう慶次を手放せなくなってしまうかもしれない。
 左近はそれが恐ろしかった。
 左近は不覚にも慶次に惚れてしまったが、三成も深く愛している。そして何よりも、三成は己の主である。左近は三成のもとから一生離れないと心に誓っていた。だから三成か慶次のどちらかを選べと言われたら、迷うことなく三成を選ぶ。
 だがそう思う一方で、堪らなく慶次に惹かれてしまっている自分がいることも、左近は自覚していた。今は三成を思う心のほうが強いが、再び慶次と肌を重ねたら、慶次を愛しいと思う気持ちがもっともっと強くなるだろう。その時一体どんな選択をするのか、自分でも分からなかった。それが恐ろしいのだ。
「川の水は冷たいんじゃないか?」  慶次の声で左近は我に返り、ふと慶次の顔を見た。
 慶次は情けない顔で左近を見つめていた。その慶次の顔を見て、左近は慶次が寒さに弱いことを思い出した。不意に左近は吹き出しそうになる。いくら寒さに弱いからといって、そんな顔をしなくてもと思う。
「では、雉鍋が入っていた鍋を洗って、それで湯を沸かそう。それで身体を拭けば、慶次殿も寒くないだろ?」
 左近が笑いをこらえて言うと、慶次はとたんに顔をパッと明るくした。
(この御仁は本当に無邪気だなぁ)
 左近は心の中で言って、慶次を見つめた。
「さっそく鍋を洗ってくる!左近殿は、火を熾してくれないか?」
「いや、鍋は俺が洗ってくる。慶次殿が火を熾してくれ」
「いいのかい?」
「ええ。俺は寒くないですから」
「では、お言葉に甘えて。左近殿、ありがとうな」
 慶次は微笑んで、身体を起こそうとした。  だが左近は、とっさに引き止めた。
「慶次殿っ・・・」
 そして再び慶次を抱きしめる。
 抱きしめたあと「俺もつくづく未練がましい男だ」と、心の中で自嘲した。
「どうしたんだい?」
 慶次は不思議そうな顔を向ける。
「いや、もう少しだけこうしていたいと思ってね。素肌が触れあって気持ちいい」
 左近は心地よさそうに目を細め、慶次がくすくすと笑った。
「だけど身体を洗おうと、俺を誘ったのは左近殿じゃねえか!」
「まあそうなんだが、気が変わった。ほら、この青い空の下、素っ裸で草の上に寝っ転がる機会なんてそうそうない。そう思ったら、何だか名残惜しい気がしてね」
 それに慶次殿をこの腕に抱けるのも、これが最後だろう。本音を言えば、俺はそれがたまらなく哀しい。未練がましいかもしれないが、俺は今だけ、もう少しだけ慶次殿とこうしていたいんだ。
「確かに雲一つない、見事な青空だねえ!」
 慶次は空を眩しそうに見て、感嘆の声をあげた。
「だろ?この見事な青空の下で、素っ裸でごろごろして過ごして、普段の浮き世を忘れるってのも乙だと思わないか?それにこれから帰っても、兼続殿に叱られるだけだしな」
 左近が言うと、慶次は
「──ああ、そうだ、兼続!」  と叫んで、額に手を当てた。
「もしかして、忘れていたのかい?」
「ああ、忘れていた。それを聞いたら、すっかり帰る気が失せちまったよ」
 心底うんざりした顔で慶次が言うものだから、左近は可笑しくなって大笑いした。
「夕方くらいまでここにいるかい?」
「そうだな、いくら何でも兼続の使いも、わざわざここまで探しにくるってことはないだろうからな」
「では今日はここでのんびりして、兼続殿に叱られるのは明日ってことで」
「そうしとこう!」
 慶次と左近は、顔を見合わせて笑い合う。
「ここでのんびりすることが、決定したことだし」
 左近はもっと慶次と密着しようと、身体を引き寄せた。  そして露出した背中、肩、臀部の曲線、引き締まった腹、一つ一つ順々に触れ、慶次のなめらかな肌触りを味わう。
「一体、どうしたんだい?」
 やけに丁寧に己の肌に触れてくる左近を訝しく思った慶次は、首を傾げて訊ねた。
 左近の手つきは、愛撫と言うより何か検査でもしているかのようであった。
「慶次殿のことを、脳に刻みつけておこうと思ってね」
「俺のことを?」
「ああ」
「何でまた?」
(そりゃあ、慶次殿に惚れてしまったからさ。そして俺は殿にも惚れている。どちらも自分のものになったらいいんだが、そうもいかないだろ?俺は現実の恋人は殿と決めて、慶次殿は自分の心の中にだけに留めておく恋人にしたんだ。だから俺は、慶次殿の細部まで記憶に残したい)
「自分自身のため、とでも言っておきましょうか」
 左近はとぼけた。
「左近殿のため?」
 慶次は考え込むような仕草をする。
「いや、そんな真剣に考えるほどのことではないですよ」
 左近は慶次の顔をじっと見つめる。こうして改めて見て、左近は慶次の美しさに胸が高鳴った。
(昨日まではこれほど美しく見えなかったはずだ。目の前にいる慶次殿を見て心がときめいている)
 やはり俺は慶次殿を愛しているのだろう。昨晩は淫靡薬の所為で、即物的で乱暴な抱き方をしてしまったが、今度は恋人を愛するように優しく抱きたい。抱いてしまったらますます自分を追い込むことになるのは分かっているが、俺はもうこの衝動を止められそうにない。
「慶次殿、抱きたい。いいだろ?」
左近は穏やかな口調でささやき、慶次の身体に己の胸、腹、腰を押しつけるようにして慶次を強く抱き、白い首筋を愛撫するかのように優しく吸った。